第10話 失敗のあと


「ねぇねぇティアナ」

「ねえってば〜〜!」

「ほっぺいじっちゃうぞ〜?いいのかなぁ〜?」

「ほうれ♪ むにむにふにふにぃ……おおっ!めちゃやわらかい…!」


 ふにふに、むにむに、ぷにぷに、つんつん、とんとん、ふわふわ。


 頬の感触がいつもより忙しない。

 それもそう、ヒナタが私の頬を許可なく揉んだり触れたりいじったりしてるから当たり前だ。

 けれど、呼びかけるヒナタの声はするりと耳に入って、向こう側へとすり抜けていく。

 言葉の意味は理解しているけれど、会話を拒むように私は放心していた。


「ティアナ〜?」

「ねぇねぇ!おーい見えてるー?」

「……無視するなら、ティアナのおっぱい揉んでもいいかな?」


 昨夜、私は暗殺に失敗した。

 ぐっすりすやすやと眠るヒナタの喉元に、短剣を突き刺そうと画策し、実行に移した。

 けれど、ヒナタは魔術を仕込んでいて…突如現れた透明の壁に阻まれてしまい、ヒナタが起きる前に退散したのが昨夜の出来事……。


 まぁ、勇者たる者…なにか仕込んでいてもおかしくはないわけで。

 それを予測していなかった私が悪いわけなのだけど、暗殺失敗したことで…私は大事なものを失ってしまったの…。


「ん? 急に物悲しそうに両手をわきわきしてどうしたの?」

「まぁボクも両手をわきわきしてるんだけどさぁ♪」


 私の行動を見て、不思議に思ったヒナタはふと尋ねる。

 けれど私は口を動かさないまま…無くした感触を探し求めるように指を動かす…。


「なんか大事なものを失った…哀しみを背負った戦士みたいた雰囲気だね」


 …そう、今の私は哀しみを背負った戦士。

 いや、暗殺者なのだけどね?


 私は…ヒナタの暗殺で、大切なものを失った…。

 それはコツコツとお小遣いを貯めて…ようやく、ようやく買えた短剣をっ!!


 装飾が綺麗で好きだったのに!

 一目惚れで毎晩それしか考えられなかったのに!!

 結構な金額でお財布がすっからかんになっちゃったのにぃ!!

 あれでポッキリ折れちゃうなんてそんなことあるぅ!!?


 あ"あ"あ"ああああああああぁぁ!!!

 すごく高かったのに!お小遣いほとんど使い切ったのにぃ!!


「うぇ、えぐっ…ぐすっ…うぇぇええあああ!」

「え、泣き出しちゃった…そんなにおっぱい揉まれるのイヤだった!?」

「勝手に揉もうとするなバカぁぁぁ…!!」


 わきわきといやらしげに指を動かすヒナタに蹴りを入れて、私は泣き叫ぶ。

 保っていた形が…今になって崩壊した。

 お気に入りのおもちゃが壊れて悲しむ、子供みたいにわんわんと。


 そんな私を横目に、おろおろとヒナタは狼狽える。

 どうして私がこんなになってるかなんて知りもせずに、あたふたとあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しない。


 結局、私は悲しみに耐えきれずに痴態を晒してしまったのだ。

 そして、あとになって「お気に入りの短剣が折れた」と説明すると、ヒナタは飲んでいた水を吹き出して愉快そうに大笑いしていた。

 

 やっぱりこいつ殺すと、心に決めたのだった。



「アッハッハハハハ!!そ、それであんなに大泣きしてたんだ!し、心配して損したぁ〜!!」

「わ、笑わないでよヒナタ!!とっても、とぉっても大事にしてたんだよ!?なのに急に折れるなんてないじゃない!!」


 派手に笑うヒナタの横に、ぷりぷりと赤面する私は怒りながら言い訳をする。

 短剣が折れたことは話したけど、肝心である暗殺については上手く隠しておいた。

 そのせいで子供っぽい話になって大笑いされてるけど…!


「いやぁ、ボクの話まるっきり聞いてないからさぁ?余程深刻なことなのかと少し焦っちゃったよ」

「深刻なことじゃなくて悪かったわね…」


 ぷくぅっと頬を膨らませて、ヒナタを睨む。すると…。


「ごめんってぇ! そう膨れてないでさ、じゃあ稼いでからもう一度買い直せばいいことじゃないか」


 ぷふーーっ!と膨らんだ頬に指がつつきにやってきて、指が当たると溜め込んでた息がぷすーっと噴き出る。


「ね?」

「そう、ね…うん。依頼でどっかんと報酬をもらったら…もう一度買い直せばいいものだものね!うん!!」


 ヒナタの言う通り、もう一度同じ額を集めれば短剣を買うことができる!

 うんうんと頷いて、俯いていた首を上へと向ける。そうして、右手を大きく空へと掲げると意思表示に決意を決める。


「なら!報酬がすっごい依頼をしないとね!」

「おや、やる気満々だね」

「そうよ!今すぐにでも私は買いたいの!だからどんな危険な依頼だって私はやるわよ!」


 ふふんっと鼻息を荒くして、猛る心のままに私はギルドの方角へと足を進める。

 ヒナタは愉快そうに微笑んでいて、私を子供扱いしてるみたいな雰囲気で少しイラッとした。


「じゃあ、ギルドまで行こっか?あっ競争とかしてみるかい?罰ゲームありで♪」

「私の勝ち目そもそもないでしょっ!?ていうかそんな子供みたいな事はしないわよ!…あと罰ゲームが怖い……」

「ちぇーっ、胸を揉み損ねたから揉もうと思ったんだけどなァ〜」


 断っておいて正解だったわ!!

 ぶるりと身体が恐怖に震えて、最善の選択を取った私のナイス判断に感謝する。

 ヒナタはヒナタで…本当に揉むつもりだったのか、虚しそうな表情で虚無を揉むように両手をわきわきとしていた…。


「そ、そんな顔しても揉ませてあげないわよ…」

「はァ〜残念」


 ぶらんと両手の力が抜けて、垂れ下がる。

 諦めたヒナタの姿に安堵を覚えて息を吐くと、ふと…大通りから呼びかける声が聞こえた。


「…ん?なんか、呼んでるのかしら?」

「ん〜…そうみたいだね」


 こっちまで聞こえてくるから…何か大切なことでも話してるのかな?

 ほんの少しの好奇心が芽生えて、大通りの方を覗き見るように顔を傾けるけど、遠くてよく見えない…。


「行ってみるかい?」

「え?」


 そんな私の姿を見ていたヒナタが、そう尋ねた。

 ヒナタ自身は興味はなさそうで、私の反応を待っているみたい。じゃあ、お言葉に甘えて…。


「ちょっと見に行ってもいい?」

「うん、いいよ」


 大通りの方へと向かうのだった。



「聖女様が行方を消してから数十年が経った!!未だに聖女様の姿は発見されていない!どうか!名のある冒険者達よ!敬虔なる信徒達よ!聖女様の捜索を手伝ってはくれぬか!?」


 声の方までやってくると、司祭服を纏ったおじいさんが大きな声でそんな事を言っていた。

 遠くからでもビリビリと届く迫力のある声は、焦りと緊迫感がこちらまで伝わってきて思わず身体が強張る。


 それはそうとして、話の内容は…私にはいまいちピンと来ない内容だった。


「…聖女?」

「かなり昔に行方不明になった教会の偉い人だよ。たまにこうして教会の人達が捜索依頼を出して呼びかけてるみたいだけど…へぇ、こんな感じなんだ」


 横に立っていたヒナタが、初めて見たかのような反応をして簡単な説明をする。


「へぇ〜…聖女なんていたのね」

「まぁ今は行方不明だけどね〜」


 ふーんと興味もなさげに納得する私。

 好奇心でここまで来たけど、あんまり大したお話じゃなくて…ちょっとガッカリ。

 これ以上いても意味なさそうだし、ギルドに行こうかな〜と思っていた、その時だった。


 ひらりと、司祭の男が持っていたビラが、ひらひらと私達の方までやってきた。

 私はそれを取ろうとした矢先に、ヒナタが先にそれを取ってビラを見ると「おお」と声を漏らした。


「なになに、見せてよヒナタ」

「ん〜…ふむふむ、おお…美人だ」


 ちょっと見せてよ。

 ビラをまじまじと見つめるヒナタから、奪い取ろうとぴょんぴょこ跳ねるけど…それを邪魔するようにヒナタは背伸びする。むぅぅ…!


 結局諦めた私は、ヒナタが渡してくれるまで待った。


「これって?」

「その聖女の似顔絵だね、それと同時に報酬金額までのってあるよ」

「ふーん…どれどれ…………とわぁっ!?」


 似顔絵よりも先に、金額を見て瞳が飛び跳ねる。

 

「ぜ、ぜぜぜぜぜ…ぜろがたくさんあるっ!」

「流っ石教会…人一人探すのにこんな報酬金を出すんだ」


 聖女捜索依頼の報酬金は…お城一つ建ってしまうんじゃないかってくらいの、とんでもない金額だった。

 さ、さすが教会…人一人探すのにこんな報酬金を出すんだ…!


「しっかし、こんな報酬を提示されても無理なものは無理だよねぇ」

「え?なんで??探すだけなら楽じゃない?」

「いや考えてみなよ、世界中探しても見つからない人をどうやって探せばいいのって話になるじゃないか?」


 た、たしかに…。

 どれだけ破格の報酬でも、流石に世界中を探しても見つからないものを探すなんて無理な話よね…。

 

 ヒナタの言うことに納得して、破格の金額に夢見ていた私は一気に現実へと引き戻される。


「それよりもさ、この似顔絵すっごい美人だよねぇ!」


 それはそうと!とヒナタは私に抱きかかって手に持っていた似顔絵を私に見せてくる。

 そこには、ヒナタの言う通りすごく綺麗な女性が描かれていた。

 

「確かに、すごい美人ね…」

「うんうん!それにさ、この人ってなんだかティアナに似てるよね?」

「え?」


 ヒナタが私と似顔絵を交互に指差して、そんな事を言い出した…。


「似てる…かしら?」

「うん、顔のつくりが似てるからかな…特に目の辺りとかすっごく似てるよね」


 そう言われて、まじまじと似顔絵を見つめる私。

 確かに、ヒナタの言う通り私と似顔絵の聖女の顔は少し似ていた。

 ただ、絵から伝わる美しさとか…神々しさは全く私にはないものだけれど。


「まぁ、顔が似てるだけね。こんなの別によくあることでしょ?」

「うーんまぁ、それもそうかな?ボクも昔、超イケメン俳優に似てるって言われたことあるしね!」

「誰よそれ…」

「ティアナに言っても分かんないよ」


 超イケメンって言われたら気になるじゃない!

 教えてとせがむ私だけど、ヒナタは笑ってのらりくらりと躱して教えてくれなかった。

 そうして、気になって来たのはいいものの…特に何かがあるわけでもなく、私達は元来た道へと戻ってゆく。


「似てるわね…」


 もう一度、絵を見て呟く。

 似顔絵の黄金の瞳と…目が合った気がした。


(閑話 一緒にお風呂入るお話)


「なんでヒナタが入ってるのよ…!」


 苛ついた声が、浴室に響く。

 ちゃぷんと落ちた雫が波紋を描くと同時に、揺れる水面に愉快そうに笑うヒナタが映った。


「ダメかい?」

「ダメに決まってるでしょ!」


 ざぶんと水面が荒れる。

 すっぽんぽんのティアナが立ち上がると、ヒナタは興味深そうに彼女の裸体を見つめていた。


「おお…胸、結構あるね」

「どこ見てんのよっ!」


 ふむふむと、じっくり熱烈に見つめるヒナタの頭にスパコーンっと平手打ちが炸裂する。

 小気味良い音が室内に響くが、ヒナタは特に気にもしない様子で身体を前に傾ける。


 スレンダーなモデル体型を見せびらかすように、ティアナの上に覆い被さる。

 ニヤリと悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて、ティアナを見つめると。


「ねぇ、悪戯してもいいかな?」


 顔をティアナの肩にまで近付けて、すんすんと匂いを嗅いだ。

 シャンプーと…浴槽の香り、ティアナ自身から香る甘い匂いが鼻を突き抜ける。


 そんなヒナタの行動に、ティアナは顔を赤く染めて細腕を使ってヒナタを押し退けようとする。けれど、彼女の身体は岩のようにびくともせず…その様子を楽しむように薄ら笑いを浮かべるヒナタがそこにはいた。


「な、なに笑ってんのよ!」

「ん〜?かわいいなぁって思ってサ♪」

「ぬ、ぬぬっ!ぐぬぬぅっ!!」

「あははっ!すごく可愛いよ!」

「怒ってんのよ!」


 ぽかぽかぽかんっとヒナタの胸を殴りつけるティアナ。けれど虚しいかな…鍛え上げられた筋肉に細腕が勝てるわけもなく、ティアナは赤くなった両手を見て呻く。


「ぐ、ぬうっ!」


 脱出できない!

 立ちはだかるヒナタを睨んで、ティアナは逃げるように後退する。が、狭い浴槽に逃げ場はなく…ティアナは絶望する。

 目の前には迫るヒナタが!この場には逃げ場はなく…まさに絶体絶命のピンチ!


「ふっふっふっ!色んなところ揉んじゃおー♪」

「ちょ、ちょっと!や、やめなさいヒナタ!や、やめて!やめろ!!」


 わきわきと指を動かして、両者の距離は一気に縮まって…そして!


「あ、ははっ!!あっひひひひひひっんっ!や、やめてぇっ!ひひっひゃっににゃ!にゃっぁあああんっ!!」

「ほうれほれほれ!ここかぁ!?ここなのかぁ〜!?」


 バシャバシャと浴槽の水を飛ばしながら、ティアナはくすぐり地獄を味わうのだった…。

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