これが俺からの贈り物

紫陽花の花びら

第1話

 私は、恋人の景にいつだって苛ついている。


優しいんだよ、そう、絶対的に優しいんだよ。

判っているの!そんのなこと百も承知なんだけど。

顔見てると、どうしようもなく苛々する。


私たちは、共に二十五才。


景はサラリーマン。

私はダンサー。


出逢い高校三年だった。


 きっかけは、朝食を抜いて授業中、貧血で倒れた私を保健室まで運んで、帰りも心配だからと言って自宅まで送ってくれんだ。

 そこから親しく話すようになって、自然と付き合ようになった訳。

 当時から景は、なにも変わってない気がする。

うん、変わってない。

 いつだって、私優先なんだ。

そんなことお願いした事無いのに。

普通にしてって、何回も言ってるのに笑って、てんで取り合ってくれない所が無茶苦茶頭に来るの。  喧嘩だって、あったかも知れないけど覚えてないレベル。

景が怒ったところなんて、見たことないもの。

 それが最近、物凄く嫌なんだ。  

周りは私が景に、これ以上何を望んでいるのか判らないと半ば呆れられているけど。

普通に、喧嘩したり、嫉妬したり、泣いたり、笑ったりしたいだけ。

そりゃもちろん、景といるのは楽しい! それは間違いなよ。

それに私は、途轍もなく景を愛してる。

 でも昨日だって、ドタキャンしたのに笑って次な、だって。

断った方が寂しくなるって、如何なの? それを愚痴っていたら、余りにも景を悪く言い過ぎるって、親友の頼子に叱られた。

「あのさ、聞くに堪えない! 景くんが可哀想でしょ!」

「何でよ。景は私が何を言っても、良いよ~判った~了解~仕方ないね~の単語しか言わない! 怒りもしない。ドタンキャンしたって……判った~仕事頑張れ~で終わりだよ。なんかさ、上手くあしらわれている。それが私の神経を逆撫でするの!」

頼子は、まくし立てている私を、ジッと見ている。

「なんか言ってよ……」

「へえ? なんにも言えなよ……それだけ理解してくれている男なんていないでしょ? 隆なんかドタンキャンしたら、大騒ぎだよ! なんか奢れとか、馬鹿でしょ?」

「そう言うの羨ましいなぁ」

 私たちはそんな話をしながら、稽古場を出ると、お~まるでタイミングを見計らったように、私の携帯が鳴る。

「うん、今終わった。えっ?うんうんじゃぁね」

「景くん? 何だって?」

「ご飯作ってあるから、おいでだってさ……」

「良いね~気の利く男! 羨ましい。いっそ交換する? なんちゃって。あっ!隆!」

頼子の声がワントーン上がった。

手をふる方を見ると、隆がダッシュしてくる。

「お疲れさま頼子! あっまひるちゃんも~」

思いっ切り付け足しじゃない?

「はいはい~どうせ見えなかったんでしょ! ご馳走様。明日は、休みだからねぇ、へへへ」

「あほ~そっちこそ! じゃあね! 景くんによろしく」 

頼子たちのじゃれあう後ろ姿を見送り、私は地下鉄に乗ると、景のマンションに向かった。

「ただいまぁ……良い匂い! 特製カレーだ!」

「お疲れさま! 正解! まひるの好きな俺特製カレーだよ。早くシャワー浴びておいで」

「うん!」

「あっ! 待って」

振り向きざま抱き寄せられた。

「お帰りのキス」

なんて云われたら私は、一瞬で蕩けそうなる。

 ああ~大好き景! おっと危ない!気を取り直し、

「シャワー浴びる」

ぶっきら棒に反応する自分が;可愛いくないのは判っているんだけど。最近の苛々がそうさせる。 

 シャワーから出て、リビングに行くとテーブルの上は準備万端整っていた。

「何飲む?」

「景は?」 

「俺は……赤を少し」

「私も、おそろ!」

「うん……可愛いなぁまひる」

 私たちは、会社のこと、今度の舞台のこと、頼子たちのことなどを話しながら、ゆっくりと楽しい夕食の時間を久し振りに過ごした。

 片付けを終えて、ソファでまったり為ていたその時、

「まひる? 今日何の日か判る?」

お~これ駄目な奴だ! 記念日的なものに無頓着な私は、

「えっと、えっと……」

「八月三日は?」 

「景の誕生日」

「正解。六月八日は?」 

「ふたりのお付き合い記念日?」

「正解。じゃあ今日は?」

「九月二十日。お~私の誕生日!」

 景はプレゼントと言って、淡いブルーの封筒を差し出した。

私は封筒を受け取り、中から便箋を出した。

「手紙? 初めて貰うね」

「そうだね……カードはあるけど」

 景はほんとに優しく笑うんだ。

私は、景の腕の中で手紙を読み始めた。

「まひるへ。

 二十六才おめでとう。

僕たちは何と、今年で八年目に突入します。今まで楽しく過ごさせて貰って有難う。感謝してるよ。 

 まひるは、自分のやりたいことを仕事にして頑張っている。

其れは、僕にとって物凄く誇りです。好きな事でもお金を稼ぐとなれば、並大抵な事ではないと思うよ。 仕事は全てそうだ!とは思うけど。でも自分の肉体を使って表現することに妥協は許されない。そんな厳しい世界にいる恋人を、どうしたら支えられるか。

僕は、僕なりにずっとずっと考えている。今はまだ、答えは出てないけどね。

だからね、今まで僕が心がけていたことを書くよ。 

笑うなよ!

一 我が儘は言わない。

二 寂しくてもそれを言わない。

三 気持ちが治まらないときに使う言葉を決める。

 了解~良いよ~仕方ないね~判った~頑張って~次楽しみに為てる。

この言葉で、取り合えずまひるに、負担をかけないでいられると思っていた。

何しろ、嫉妬したって敵う相手ではないからね。

それでも、どうしても我慢できなくて、部屋の壁に穴を開けたこともあったけども、まひるにとって良き恋人でいたかった……

 然し!本日をもってそれは返上します。

そして改めて、ジェラシーを発動する恋人の景として、よろしくお願い致します。

 それから……一番にしてとは言わないけと、ダンスと同じ位の立場に格上げを要求します。 

飽くまでも、ぐ ら いだからね! 怒らないで!

 ジェラシーが、僕からの今年の贈り物です。

 良い? 僕がジェラシー発動します!って言ったら。ちゃんと発動させて下さいね!」

私は無意識に抱きついていた。

景がジェラシー? 妬いてたの? それもダンスに! 嬉しくて泣けちゃうよ。

なんて! 可愛い! 健気! 

 ねぇ景、私が私の人生を生きていく時、景は私の一番なんだよ。

あなたがいるから踊れるの。

いつだって、あなたを思って踊ってるのよ。

あなたが褒めてくれたら、私はそれだけて嬉しくて幸せなの。


この贈り物は最高だよ。

有難う! 本当に有難う!

ジェラシーをくれるのね。

ああ…早く発動するあなたをを見たい!


「景! 愛してる!」

「ダンスとくらべたら?」

「ダンス!」


「ジェラシー発動します! 今夜俺は最大級のジェラシーを発動するぞ!」

「謹んで頂きます!」


「おいで……まひる」

景は優しく抱き締めてくれる。


深くて、甘いキスが好き。


「俺だけのまひるだよな……」

「うん……」


この時間が俺は好きなんだ。

 可愛い顔して寝てるまひるを

そっと抱き締めキスをする。

この時間が永遠に続けって、いつもいつも思っている。

眠りながら、泣いていたまひるになにも為てやれなくて。

助けてやれないのが辛かったなぁ。

だから夜は明けるなって思ったり為ていたよ。

 まひるが、俺に苛ついているのは判っていたけど、ここで喧嘩したら終わってしまう……それたけは絶対に嫌だった。

別れるぐらいなら、まひるの夢が夢でなくなるまで、ジェラシーは封印するって決めた。

 今、まひるは夢を現実に引き寄せつつある。

もう大丈夫だと確信したから、

封印は解いたんだ。


えっと? 勿論、頼子ちゃんには感謝為てる。


アハハ、まひるには内緒だよ。


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