第18話 返答

 やや萎縮しそうになるヒメノだがゲイルの死体を見て腹をくくった。


「それでもボクは奴らの仲間にはなりたくありません」

「フリで良いのに。わたしの右腕ってことにしておけば、組織の仕事もしなくていいからさ。お父さんの復讐で組織を潰したいんだったら狙うべきはわたしと同じ四聖痣。わたしが狙ってる二人も同じ四聖痣なんだから、あのジジイ二人の寝首をかくまでの演技で──」

「それでも嫌です」

「そこまで突っ張るんなら今この場で終わらせようか? 気が変わるまで待つとは言ったけれど、変わる気がないんなら仕方がないぜ」


 強情になったヒメノに説得は無理か。

 そう思ったミオは白鞘の刀を抜いて先端をヒメノに向けた。

 だが一度覚悟を決めたヒメノはその刃にもひるまない。

 たとえ木の枝と刀で持ち物の差が大きかろうとも、この場を切り抜けてれば次がある。

 だから活路を見出してやろうと舌で唇をなぞった。


「ワン!」


 二人の間に走る緊張を断ち切るように吠えるキジノハ。

 その声を皮切りに飛び退いたヒメノはカシューの火柱を受けた際に投げ出した荷物まで急ぐ。

 たどり着けば虎の子の弓矢がある。

 これなら木の枝より心強い。

 しかしミオもすぐにヒメノの狙いに気づいて術を仕掛ける。

 さきほどゲイルに放ったのと同じ精気の蛇。

 地面を伝うミズチの移動速度はヒメノよりも早い。


「こなくそ!」


 足元で自分を追い越す蛇にヒメノも気がつく。

 このまま目の前に出現されたらゲイルと同じことになる。

 そして追い越されている時点で追い抜いてどうこうは難しい。

 ならば取れる手段は妨害以外にない。

 出来る確証もないまま枝に精気をこめたヒメノは地面を強くなぞり、横に引いたラインは土中の蛇を切る。


「マジ? 一本釣りじゃないんだから」


 ミオが驚いた通りにさながら釣り上げられる蛇が空を舞う。

 予想外のことに蛇はただ投げ出されるがままで、その間にヒメノは荷物にたどり着いて弓矢をつがえた。

 そのまま落下する蛇をめがけた急ぎの一矢。

 こめる精気は蛇を貫くのに充分ならばそれでいい。

 矢は空中の蛇を射抜いた勢いそのままに、矢文のように蛇をミオに突き返す。

 勢いが弱まった矢を刀の先で反らすミオ。

 その仕草を誘ったヒメノは隙をついて上空に矢を放ち次の矢を構える。

 再びつがえた矢にこめた精気は蛇に向けたモノとは比較にならない。


「今のは曲芸がすぎるって。いくら猟師といってもさ」

「ボクだってもとからこんなに弓が得意だったわけじゃないので」


 ミオが曲芸と評価したヒメノの腕前。

 それを彼女がサンスティグマを受け継ぐことになって結果として身につけたと暗に示す。

 ミオの頭上にはさきほど曲射した矢が五本落下しており、目の前では狙いを定めている。

 挟まれた形で下手に動けないミオだが、こちらも四聖痣を名はハッタリではいない。

 水のサンスティグマを持つ彼女独自の技でヒメノの矢を迎え撃った。


「守型──流水円!」

「くっ!」


 水のサンスティグマが持つ特性は精気の伝達。

 入れ墨として複製されたモノではない、オリジナルのサンスティグマを持つミオの精気があれば、その伝達範囲は空気中にまで及ぶ。

 自身を中心にした半径4メートルほどの範囲に精気を伝達させて、己の目耳にするのがミオが展開したこの技。

 流水円に入ったものはすべてミオに補足され、そしてミオの手で的確な迎撃を受ける。

 術の発動を見て即座に矢を離したヒメノ。

 このタイミングなら自然落下に任せた曲射よりも力一杯に引き絞られた一条櫻のほうが着弾は早い。

 この間合いならば見てから避けるのも困難。

 だが流水円で射線を見きったミオの刀は最短距離で矢を弾き返す。

 しかも単純な撃ち落としではない。

 刀の峰を返して軌道をそらされた矢は上空に打ち上がり、最初に落下してきた矢に当たって雨を凌ぐ。

 ピンボールのように他の矢も何本かこのまま弾かれて、残る数本を軽く薙ぎ払えばミオの身には傷一つつかない結果となった。

 残る矢はあと一本。

 必殺の運びを破られたヒメノには打つ手がないかと思われる状況。

 だが破れかぶれとなったヒメノは止まらない。

 彼女は空のサンスティグマによる補助で腕前が上達した弓よりも獲物の屠殺で慣れた刃物に最後は頼る。

 全速力でミオの流水円に飛び込んだヒメノは手に持った矢の先をつきたてた。


(届けェ!)


 頭上の矢を払ったことで両腕が上がっているミオの懐に入ったヒメノは一種の安全圏。

 長い刀では反撃できない位置からミオの喉元を狙った。

 あと10センチも踏み込めば手に持つ矢の先は彼女を刺さる。


「ぐさり!」


 そしてヒメノの矢は程なくしてミオを貫いた。

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