第9話 敵の増援

 ヒメノが荷車に揺られている頃、デジマを出発したサンスティグマーダーの一行は先んじてオイスタに到着していた。

 アジトからは100キロ以上はあるのだが、駅で貸馬を乗り継いで二日で走り抜けたというわけだ。

 三人はヒメノを追跡しているミュージン襲撃隊の生き残り、風組のゲイルの到着を待つ。

 身分を言いふらしているわけではない三人組の男女は、傍目には王都行きの中継点としてオイスタをおとずれた旅行者だろう。

 駅に馬を返した足で彼らが向かう先は他所者で賑わうサルーン。

 ますます旅行者らしい足取りだ。


「なんだあの子」

「普通じゃねえな」


 サルーンにいた他の客がざわめくのも無理はない。

 三人組の中で一番偉そうな彼女が真夏でもないのに肌の露出が多い格好をしていたからだ。

 豊満な乳房を覆う袋のような丈と袖が短い上着を着ていて、おへそや二の腕が露出している。

 下も膝上20センチの短いショートパンツをお尻が見えそうなほどのローライズで着ており、ブーツで隠れる膝から先が一番露出が少ないほど。

 敷いて言えば脇腹だけはパレオのような垂らした布で隠しているのだが、それがへそ周りの露出を強調していた。

 あるものは性的なファッションに興奮し、またあるものは痴女であると彼女の格好を恥しがる。

 それに髪の長い美形なのもあり、強面な二人の男を従えていなければ声をかける男もいたであろう。


「すごい視線だね。男臭いイヤらしい目つきでいっぱいだよ」

「流石にまだ肌寒いくらいくらいのこの季節に、そんなに肌を見せていたら意識されて当然ですよ」

「そういうカシューも、わたしの事を意識しているのかな?」

「からかわないでくださいな」

「いいじゃないか。減るものじゃないんだし。あいや、男の人は最終的にすり減ってしまうのかな」

「これは部下としてじゃなくて昔馴染みとして言わせてもらうが……はしたないぞミオ。そんなんだから恋人ができないんだ」

「そういう言葉はわたしを傷物にした責任を取らなかった人間が言ってもオマイウだと思うんだけれどなあ、アルスくん」

「あれは気の迷いだ。というか、むしろ俺が傷物にされたんだ。身内での立場もあるから我慢しているが、他の上司も居ない良い機会だから言わせてもらうぜ」


 身内とは自分たちがサンスティグマーダーの構成員であることを指す隠語である。

 上司も同様で、ここでは四聖痣を指していた。


「アルスさんとミオ様ってそういう関係だったんですか? 確かにミオ様は先代も手を焼いた不良娘だって話はよく耳にしましたが」

「そんなんじゃねえ。というか移り気なコイツが悪いんだ。まったく……あの頃の俺の純真な気持ちを返せ」

「ムリムリ。そんなもんとっくにわたしのお腹の中に溶けてなくなっているよ。それとも……今夜また新しく純真な気持ちを思い出すことでもする?」

「ムカつくから結構」

「素直じゃないんだから。元風組のわたしにそういう嘘は通用しないのに格好つけやがって」

「あの……だったら俺が……」

「カシューのそういう素直なところは好きだぜ。でもキミってあまりわたしの好みじゃないから悩むなあ」


 カウンターに並んで酒を片手に雑談を始める三人。

 その内容に変な妄想を始めた隣の男は悶々としながら聞き耳を立てる。

 知らないからこそそういう劣情に身を任せられるわけだが、正体を知ればそれよりも先に恐れが出たであろう。

 火の痣を持つカシューと土の痣を持つアルスの二人を従える美女。

 ミオと呼ばれていた彼女がサンスティグマーダーの四聖痣の一人、ミオ・コーヤマその人だというのは知らぬが華だ。

 知らぬからこそ自分も声をかけたら移り気と呼ばれる美女の戯れに交じわれるかもしれない。

 ここは声をかけるべきか。

 非モテを拗らせて王都にある大人のお店を目指していた彼、オゥクはちびちびと酒を舐めながら足踏みしていた。

 そんな彼の目線に気がついたミオは弄ぶように彼にウインクを投げる。

 それだけでオゥクは幸せな気持ちでいっぱいになり、そして勇気を出して彼女に声をかけていた。


「──いいぜ。一緒に楽しもうじゃないか。二人とも異論はないよね?」

「じゃあ俺も混ざっていいですか」

「仕方がないにゃあ。アルスくんはどうよ」

「俺はパスだと言ったじゃないか。そろそろゲイルも来るんだろう? それまでこの店で粘るから、お前らはさっさと楽しんで来い」


 グラスに残った酒を一気に煽ったミオたちは酒代の硬貨をバーテンに投げ、アルスを残して宿に向かった。

 このオイスタは王都パチゴーとの連絡を行う繁華街なこともありサーカエとは違って宿も多い。

 ミオはどうせオゥクの奢りだとオイスタでも指折りの高級宿に二人を連れ込むと、シャワーもそこそこにお楽しみタイムに入る。

 そんな実際の光景をやれやれと言いたそうな顔でまぶたに浮かべて、それを肴に一人酒をしていた彼の隣にやってくるのは件のゲイル。

 ヒメノを貸馬で追跡していた彼は、ヒメノが今夜泊まる宿を探し終えたのを確認してから待ち合わせのサルーンに来ていた。

 彼の予定では三人いるつもりだったので、アルス一人しかいない現状に小首を傾げるゲイル。

 風組時代に面識がなく、四聖痣になってからは雲の上の存在だったミオが来ていると聞いて緊張していたゲイルは彼女の不在に緊張の糸が緩んでいる様子で、そんな彼にアルスは不在の理由を隠して彼に労いの酒を奢った。

 ミオに対して純粋に畏怖と憧れをいだいている彼にミオの本性を教えるのは、それこそ自分がかつて彼女に持っていた純真な気持ちを裏切られたと感じたあの時と同じだろうと気遣って。

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