第15話 人にしたことは返ってくる

「他人の権利を踏みにじった罰よ。反省することね」


 カスミはそう口にした後で、思い出したように残っている人攫いの男達へと目を向けた。視線を向けられると、彼らはビクンと体を震わせる。まるで鬼人に睨まれたかのように彼らは身をすくませた。そして、誰かが叫んだ。


「ば、バケモンだぁッ!」


 その悲鳴が男達全員をパニックに陥らせる。まだ十人強残っていた男達は全員、情けない声を上げながら倉庫の出口の方へと駆け出していったのだ。カスミが頭目を倒したことは、彼らに強く恐怖の感情を植え付けたらしい。ものの十数秒で、倉庫内に残る人攫いの男達は最初の戦闘で気を失った者達と頭目だけになった。

 レプトとジンはそれを何もせずに遠い目で見送り、最後の一人が転びながら外へと逃げ出していったのを見届けると、カスミの方を見た。彼女はというと、今の状況が少し予想外だと言うように眉を寄せていた。そんな表情で彼女は二人に問う。


「私、そんなに怖かった?」

「いや、怖いっつーかなんて言うか……」


 何とも答えづらい質問にレプトはカスミから目を逸らす。そんな彼の代わりに、ジンがカスミの問いに答える。


「俺達からすればなんてこともないが、奴らからしたら相当怖いだろう。いや怖いというか、恐ろしいという言葉の方が合う気がするな」

「そ、そんなに……」


 カスミは信じられないと言うように頭を抱える。本気で困惑しているようだ。人は自分のことはよく見えないと言うが、それは本当のことだったらしい。


「ま、まあ……目的は達成できたんだし、いいわよね」


 しばらく頭を悩ませたカスミだったが、彼女は途中で深く考えるのをやめ、結果は出たからそれでいいと満足げに言う。その様子を見たレプトは、何かを思い出して今度は彼から問う。


「っていうか、カスミ。お前どんな生活してたらあんな言葉が出てくるんだよ」

「え、ああ……」


 レプトの問いは、カスミが口にした例の下品すぎる言葉についてだ。カスミは問われると、少し恥ずかしそうにしながら答える。


「ま、漫画よ、漫画。そのままセリフ引っ張ってきたの。なんか、女の子が男を挑発するシーンがあったのよね」

「それにしてもだろ……」

「う、うるさいわね。さっさとあの人達のこと助けてあげましょ」


 自分の言葉について追及されたくなかったのだろう。カスミは話題を入れ替えて、未だ拘束されている女性達の方へと向かって歩いていく。

 だがその瞬間、囚われていた女性達は悲鳴を上げ始めた。布を噛まされているため音量は小さいが、十人ほどの女性が一人残らず声を上げている。


「な、何よ」


 急な出来事に動揺し、カスミはわけが分からないと言うように後ろの二人を振り返る。すると、ジンが彼女の疑問に答えを出す。


「どうやらこいつらも、お前を含め、俺達全員を怖がってるらしいな」

「え、えぇ! 何でよ、私達が助けたのに……」


 ジンの言うように、女性達はカスミを怖がっているらしい。手足を拘束されながら、少しでも彼女から距離を取るようにもがいている。

 自分が助けたのに感謝されず、あまつさえ怖がられるとはどういうことか。カスミは自分では答えを出せず、レプトの方に助けを求める目線を投げかけた。すると、彼は過去のことを思い出すように首をひねって彼女の疑問に答える。


「お前を怖がってんのと……そうだ。俺達が怪しいんじゃね?」

「え……」

「お前も言ってただろ。顔隠してるのは怪しいって」

「あっ、ああ……」


 レプトの言葉にカスミは頭を抱えて唸り声を上げる。女性達の反応は感情の方向性が違うとはいえ、以前のカスミと同じようなことから起きている。カスミは自分が助けた相手にこんな反応をされた時の感覚を身をもって知り、頭を抱え始めた。


「わ、私、アンタ達にこんなこと……」

「ま、そういうことだ。どうせ何かもらえるわけでも、礼がもらえるわけでもねえし、さっさと拘束だけ解いて宿を探そうぜ」

「そうだな」


 レプトとジンはすぐに感情を切り替えて、女性達の手足を縛る縄を切りに行く。そんな彼らとは真反対に、カスミは少し前の自分を責める気持ちをしばらく抑えられずにいた。


「私、本当に最低……」


 倉庫内には、誰へ投げかけているわけでもない情けない少女の声が断続的に響き渡るのだった。

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