第27話 酒見賢一大先生、追悼。

作家の酒見賢一先生が11月7日に呼吸不全で亡くなった。享年59歳。代表作は「後宮小説」「陋巷に在り」「泣き虫弱虫諸葛孔明」等。

Xで流れてきたこの事実をどう消化して良いものかわからず、ただ「嘘だーーーーー!」と自宅で叫んでしまった。


架空中華ファンタジー、という一大ジャンルを築いたのはまさしく酒見賢一大先生である。のちのファンタジー小説に与えた影響は多分大きいのだろう。この辺りはプロの書評家に任せたい。

私は、酒見賢一大先生といえば真っ先に「陋巷に在り」が出てくるのである。


「陋巷に在り」は92年から01年までの10年に渡った小説新潮で連載された、孔子の弟子顔回を主人公とした大河中国歴史小説である。陋巷に住まう顔回子淵を軸に、政治家としての孔子の活躍と失脚、ライバルや魯公との関係、孔子出生の秘密に顔回の故郷である顔氏の里。……全13巻の話の中で、ある時は歴史的な流れが動き、ある巻はポルノチックになり、房中術が始まり、美少女がカルト集団を作り、中医学が盛んになり、いきのつまる格闘描写があり、果てには神と対面する……。うん、ファンタジーであり歴史であり、人の営みをも書き抜いた大傑作である。

この小説を、高校生の時の私は授業そっちのけで読みまくった。

そしてこの小説は、20代の頃に描き始め、30代の全てを使って酒見賢一先生が書き切ったところに凄みがある。


先生は陋巷に在りの一巻の後書きで、「この小説を20代のうちに描き切るつもりだった」とおっしゃっていた。そして「この小説のおかげで、30代の時に描き始める小説が全て後回しになった」とも書いていた。

もしこの小説がなかったら、先生は別の小説をたくさん書かれていたかもしれない。それは私としてはいちファンとしては嬉しい。

しかし、この小説がなかったら。その後の生まれる中国小説も、出てこなかったような気がするのだ。

「後宮小説」がその後の中華ファンタジーに与えた影響は、多分にあるだろう。それを否定するものはいないと思う。

しかし「陋巷に在り」という、先生の奔放な想像力と構成力、そして古代中国の膨大な知識を入れたこの小説は、今後の中国歴史小説に大きな影響を与えるだろう。

少なくとも私はそう信じている。


そして。

先生は昔、新潮文庫のサイトの「作家の声」が聞けるページで、うろ覚えですが、確か、こうおっしゃっていた。新潮社様、もし残っていらっしゃったら、是非とも公開してほしい。20年前のことですが。


『本当はこの小説は、書きたいところのずっと手前で終わってしまった。しかし、顔回が旅に出て、陋巷に在らなくなってしまった。』


陋巷に在りのラストで、顔回は政治家として失脚した孔子と諸国放浪の旅に出る。もしかすると先生は、孔子と顔回の漂白の旅こそ書きたかったのではないか。その旅の果てにあるものが、先生の書きたかったものではないのだろうか。

先生が書かれたこの旅は、どのようなものだったのだろうか。

それが、ファンとしてはものすごく読みたかった。


先生、いくらなんでもはや過ぎます、新作が出るのだと信じていましたとか、泣き虫弱虫諸葛孔明もこれから読みます、と言いたいところを堪えます。


ご冥福をお祈りします。私の人生に大きな影響を与えてくださり、本当にありがとうございます。

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