Ep.10 不機嫌な少女

 あまりの威圧感に僕は震えていた。黒いセーラー服から、ここの生徒だと言うことは分かる。そして、アヤコさんが「三葉ちゃん」と言うからには同じサークルメンバーだと言うことも間違いない。

 ナノカの方は最初は穏やかに語ろうと試みていた。


「あの、すみません。ワタシ達は」

「自己紹介なんていらないから、とっとと帰れ。ここはアンタらのいる場所じゃないっつってんだよ。聞こえなかったのか?」


 初対面で乱暴な語り口調がナノカに襲い掛かる。これには彼女の青筋がピキリ。戦争が始まろうとしていた。

 

「ワタシはアヤコちゃんに頼まれて、クレー」


 なんて言おうとしたところで、僕が止めようとした。このままではナノカも三葉さんもいい気持ちでは終われない。雰囲気が悪くなり、彼女達が傷付く結末だけは避けたかった。

 そんな、焦る僕よりも早く動いた人物がいた。

 アヤコさんが回り込んで、人差し指を前に出す。


「ちょっと、待って。ナノカさん。三葉ちゃんも待って。これには」


 説明しようとしたけれど、彼女は背を向けて聞こうとはしなかった。


「アヤコは騙されてんだよ! それが分からねぇっつうなら、いいよ。今日は気が乗らない。帰る」


 ぶっきらぼうに扉を閉めて、出て行ってしまった。初っ端、火の中にガソリンと毒ガスを混ぜ込もうとしていた感じだ。あのまま爆発していたらどうなっていたことか。三葉さんが帰った後もまだ胸がバクバク音を鳴らしていた。

 ナノカは拳をぐっと握りしめていた。相当、腹が立ったのだろう。

 古戸くんの方は「あちゃあ……」との一言。まぁ「あちゃあ」で済んだだけマシであろう。

 怒りが抑えきれないナノカに対し、アヤコさんが詳しい内部事情について説明してくれた。


「ごめんね。三葉ちゃん、ぶっきらぼうなんだけど、意外と人見知りで、人と話すのが苦手なのよ。だから、ああ言う変な言葉遣いになっちゃうし……」


 ただナノカもこの説明で「はい、そうですか」とは言えないみたい。腕を組んで、左足で軽く床を蹴っていた。


「にしても、酷いわよ……もっと言い方とかあるじゃないの」


 古戸くんも「そうなんだけどねぇ。難しいんだよね、そこ」と。逆に僕は気になっていた。今の彼女がどんな夢を追っているのか。

 ノートを見たところ、彼女はイラストについて長い講釈を述べていた。ところどころに可愛い少女のイラストも描かれていて、分かりやすい。

 イラストレーターを目指しているのか。ノートに書かれているものだけでは印象が分からず、彼に尋ねることにした。


「ねぇ、古戸くん」

「何だい?」

「三葉さん。この水倉みずくら三葉さんのイラストって凄いの……?」


 彼はすぐ、ぱちっとパソコンを立ち上げる。それから大画面でSNSを移し、検索欄に「アクアクローバー」との名を打った。その時、僕は震えていた。恐ろしい、と言う理由ではない。

 感動して、だ。

 かなりメロメロになりそうな、ファンタジックな少女のイラストがアップされていた。小説の表紙と言っても、誰も疑えない。本当に秀でた画力だ。彼も僕の考えに賛同していた。


「そう。ノートには確か、目標は依頼されて五万稼ぐこと、だったかな。これ位の目標ならすぐ、できちゃうと思うよ……でも、あの問題は……」

「問題……?」

「うん、ちょっと彼女の性格がこっちのSNS上にも出ちゃってるんだよね。ほら、ちょっと『おい、お前』とか平気で絡んじゃうタイプで。ネット上だと」

「おお……」


 あるある、だ。現実とは違うキャラを演出できるのもネットの魅力だと聞いたことがある。ただ、その使い方を誤ってしまうと、非難される。

 完全に三葉さんは性格に難があるタイプなのか。出そうとした結論を古戸くんは悲しそうな顔で否定した。こちらまで悲壮感に浸りたくなるような、そんな表情だ。


「でも、勘違いはしないで。彼女がこうなったのは、ネットで色々言われちゃったから、なんだよね。二次元の何がいい……二次元の絵なんて、描く必要がない。空想の物語の絵なんて描いてないで、勉強しろって」

「えっ、これを生かさないで勉強しろって? ネットで?」

「ううん、リアルでもじゃないかな。前にSNSで親にも言われたって、愚痴ってた」


 得意なことを伸ばせない環境が彼女を捻くれさせた、か。

 やはり大人は無責任だと思うと同時に何だかやるせなさも感じてきた。気持ちは分かるのに彼女に対してどうもこうもしてあげられない。

 結局は僕も口だけ出して何も実行しようとしない大人と一緒なのか。今の僕には二次元の何がいいかすら説明できない。

 部屋が暗くなっていくことを恐れたらしき、アヤコさんがそこで一言。


「今日のサークルはここまでにしよっか。ごめんね、ナノカさん、情真さん」


 少し落ち着いたナノカが頭を下げる。


「いえ、こちらこそ、迷惑を掛けてごめんなさい。そして期待に応えられなくて、ごめんなさい」


 アヤコさんはナノカの謝罪を否定した。


「ううん、問題ないわよ。全然。こうやって来てくれて見てくれたってだけでも作業ははかどったし、何よりナノカさんと情真さん二人の面白いやり取りが見られるって思って、サークルに来たくなる」

「よ、良かったわ」

「次の活動は明日は忙しいから、明後日になっちゃうけど……また、そのやり取りが楽しみだな」


 何だか「夫婦漫才をしているんだな」と言われているよう。ナノカも顔を真っ赤にしている。声もとても恥ずかしそうだ。

 僕は照れの表現として、彼女よりも先にパソコン室から飛び出ていた。何だか、とっても恥ずかしい。古戸くんも何か言ってるのかなぁ。

 からかわれるのも嫌だと真っ先に出て、階段の前で立ち止まる。一応、ナノカの方も待っておかなければ。共に帰ろうとでも言おうか。

 ……何だろう。夫婦漫才の言葉が回り回って、いつもより誘いにくい。いや、毎度誘っている訳ではない。何故か彼女が隣や前にいて僕を注意する。だから成り行きでと共に行動しているのだ。

 今回も、まぁ、成り行きを……。

 なんて期待して階段を降りていたところだった。

 何者かが勢いよく僕の胸倉を掴みかかった。


「なっ……!?」


 廊下の方まで引きずり込んだ人物の目を僕は忘れてはいない。三葉さん、そのものだ。


「おい……」

「ちょっと、僕はお小遣いとか少ないし、今、そう、今日も揚げたてのフランクフルトパンに全財産使っちゃったから、お金持ってないんだよ! 高かったから、そうカリカリで、フランクフルトに巻いてあるパンがすっごく甘い奴……」

「そんなこと言ってねぇよ。後、食レポやめろ。お腹が空く」

「えっ?」


 てっきりカツアゲかと思ったが、違ったよう。だとして、胸をいきなり掴むのはおかしい。言い返してやろうと思うも、先に彼女が叫んだ。


「正直に言え。パソコン室に値札を貼って悪戯いたずらをしようとしていたのは、お前か? それとも、あのポニーテールの女か?」

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