第一節 夢の価値・ネフダトラブル

Ep.1 少女はゆるふわ大暴走

 悲鳴がしたのは下駄箱の方だ。

 ナノカは「何があったの!?」とすぐ飛び出すことのできる人だった。僕は予想外のことが起きてしまうと固まって動けなくなる。そんな状態でもナノカの後に進まなければ。でなくては、彼女に「手伝って!」と言われた時に助けられない。

 何があったのか。

 校内で誰かが怪我をしたのか。

 怪しい不審者でも飛んできたのか。

 想像すればする程、ネガティブなことが浮かんでくる。思ってはいけない。こんな平和な学園で面倒なことは嫌だ。

 再度、悲鳴が聞こえてくる。それも僕達の目の前で。


「きゃぁああああああ!」


 ナノカは「大丈夫」と尋ねようとしたところで口を閉じた。顔を覗き込んでみると、目を点にしている。それもそうだ。僕も理由は分かっていた。

 悲鳴を上げてるふんわり髪の少女はただただその場をぴょんぴょん跳ねているだけ。「ちょっと、騒がないでくださいよ。そこまで興奮しなくても」と困っている白肌少女の前で。

 窓から顔を出している人達もいたが、悲鳴を上げた少女に異常がないことが分かると姿を消していった。立ち止まっていた人も歩み出す。

 さてさて僕も用無しだ。面倒事は避けようかな、と思ったものの、ふんわり少女が前に出る。このままスルーしよう、何もなかったことにしようとしたが、少女は聞いてほしいと目で訴えかけてくる。もう話したくて話したくてたまらないのか、八重歯が見える口も動かしている。

 ううん、仕方ない。話を聞くしかない。

 どうでもいいかもしれないが、少し知りたいこともある。

 何故に白肌少女が他校の制服を着ているのか、だ。僕はワイシャツ、ナノカやふんわり少女のように女子は水色のセーラー服なのだ。それに比べて、白肌少女は赤いリボンが際立つ黒いセーラー服を着用している。こんな朝に何の用か。

 ふんわり少女の話を聞けば、僕の好奇心は収まるのだろう。僕が止まると、奇跡が起きたことを話したがっていた彼女は背伸びをする。八重歯を目立たせながら、語り始める。


「あのね、あのね! つゆゆきくん、くにたちちゃん、この子、すっごいインターネットで有名な作曲家なんだよ! アヤコちゃんって言うんだよ!」


 僕もナノカも「へぇ」と相槌あいづちを打っていく。一応、有名人なのかと彼女をじっと見る。アヤコと説明された少女は恥ずかしそうにして顔を真っ赤にする。指をもじもじさせそうになったかと思えば、すぐに手を背中の裏に回していた。そんな僕はナノカから「見過ぎ」との肘打ちを腹に喰らう。

 「ぐっ」と唸って痛みを耐えて、再び発狂する少女の話を聞いていく。


「あったし、ボカロとかそう言うのめっちゃ好きでさ! アヤコちゃんの作る曲がもう、神曲なんのそのって。本当、中学校の頃から凄い素敵だったんだよ!」

「ちょっとちょっと、恥ずかしいなぁ。そんな、褒めないでよ」

「いやいや、褒めるよ褒める、褒めまくっちゃう! こんなところに会えるなんて、最高だよー! いっつも聞いてまーす! 幸せ貰ってまーす! 勇気を貰ってまーす!」


 テンションが上がるふんわり少女。ナノカも思わず苦笑いをしていて、止められない。それに結局、他校の生徒が本校に入っている理由も聞けなかった。

 そこでナノカが最初から気になっていたのか、尋ねていく。


「あ、あのさ、別の学校の彼女がどうして、ここにってことは、話題にしていいのかしら?」


 そこでようやく、ふんわり少女は大人しくなった。「はて」と声を出している様子から、何も知らないみたいだ。つまり、彼女が忙しいかもしれない状況で邪魔をしていた、と。コンビニの前で立ち往生していた僕は彼女のことを一ミリも責めることはできないが。

 疑問に思っていた点はアヤコさんが自ずから教えてくれた。


「こちらにいる生徒さんにお渡ししたいものがありまして」


 ふんわり少女はそこに留まることを知らなかった。


「何々、秘密の交換日記とか……まさか、彼女彼氏!? 付き合っている人がいるとか?」


 何故かこちらがギクッとなってしまった。ふんわり少女は僕に対し、こっそり「つゆゆきくんはまだだったね。ごめんね。そっちの方、頑張ってね。交換日記とかやっても……うん、君の場合、説教が書かれるだけか」と余計なことを告げてる。完全に煽りだ。この同級生のクソガキ、煽りイカを一刀両断したかったが今は我慢。

 アヤコさんの方は否定した。


「違うって違うって。スキャンダルにしないでしないで。あたしの彼氏とかじゃなくって。普通にサークルの日記的なもの。昨日、渡しそびれちゃってね」


 彼女が手提げ鞄から大切そうに取り上げた一冊のノート。僕達の視線がそこに集まった。

 そこに後ろから声をした。


「ごめんよー! 遅れちゃった! 学校大丈夫?」


 穏やかな顔をしている男子が現れた。見覚えはある。隣のクラスにいる子だ。ふんわり少女と同様、名前は分からないが、苗字は知っている。確か、古戸ふるどくんだったか。間違いない。彼とは体育で一緒になり、時々苗字が書かれている体育着を目にしている。

 古戸くんがアヤコさんからノートを受け取っていた。そして、さっと渡すと笑顔で去っていく。


「大丈夫よ。ここから全速力で走れば、間に合うから!」

「車には気を付けてよ!」

「もちろん!」


 そう言って、一回電柱にぶつかっていた彼女。恥ずかしそうにこそこそ、校門から出ていった。

 そしてまたニヤニヤが止まらないふんわり少女。今回は男子の方にちょっかいを出すのである。


「あれはさてさて、彼女ですかな……?」

「ちょっ、やめろって、そんなんじゃないってば! 本当サークル仲間だから」

「付き合ってる人はみんな、そーいう」


 こちらはこれ以上付き合っていられない。ナノカと共に僕はひっそり消えようとしていた。ナノカは「こっちはもう時間ギリギリよ。急がなきゃ」と。

 ただ逃げようとしているのが、ふんわり少女にバレたのか。追っては来ないが、何か変なことを言われた。


「あっ! つゆゆきくん、くにたちちゃん、ちょうど良かった! あたし、このインランドスケベ不純性交友野郎から根掘り葉掘りあることないこと聞き出してるから、遅れるって言っといてー!」


 僕は無視。ナノカは「そんな理由で遅刻すんなぁ!」と吠えていた。古戸くんの方は絶句。開いた口が塞がっていなかった。

 さてさて、そんな彼は放課の後でぐだくだやっていた僕とナノカがいる11HRにやってきた。

 

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