美少女クレーマー探偵と夢殺し完全犯罪論信者
夜野 舞斗
第一章 その優しさは殺されて
Ep.0 美少女クレーマー、現る
「ワタシは神様って、分かってる? ねぇ……」
コンビニ店員の女の子に詰め寄っていくヒロインは滅多にいないと思われる。僕達よりちょっと年上の大学生であろう彼女も震えて怯えていた。心なしか、店内も陰っているように思える。
やめて差し上げろ、それ以上責めるのは……と言いたいところでもあるが、入口で立ったままの僕はクレーマーを止められない。
一つ目の理由はクレーマーが恐ろしいから、だ。ここで口を挟めば、何が起こるか分からない。客もそれが分かっているのか、誰も手を出そうとはしなかった。
ただ、それだけではない。僕が動けない理由は後二つ。
「もっとお客様に対して、笑いかけてくださいよ! ほら、こうパァーと」
彼女が栗色ポニーテールを振り乱し、口を大きく広げて笑っている。そこで、ぷっと女子店員は吹き出した。
「ちょっ、ちょっとやめてよ……そんなんじゃ。うちまで……ふふふ……あははは!」
「ほら、できるじゃないですか。笑うの。そうすれば、お店の中も明るくなると思いますよ」
今の行動や会話から、クレーマーを止められない二つの訳を説明できた。
二つ目の理由として、彼女のクレームが完全に正しいから、だ。時に悪を滅すこともある彼女の言葉は、今のように誰かの笑いに変えてくれる。
現に文句を言ってくれたおかげで、店内が明るくなっていく。
そして、僕の心がキュンとなって動悸が止まらなくなった。
入口で突っ立っている不審者の様子を怪しんでいた、勘の良い客は察したようだ。僕が彼女の笑顔を見たかった、ってことが、だ。同じクラスメイトが漫画を読みながら、ニヤニヤしてやがる。
そんな僕達の様子も気付かず、店員は話を始めていた。
「ありがとね。彼氏に振られて、ちょっとだけ落ち込んでたんだけど、こんなんじゃいけないよね」
「そうですよ。明るければ、また幾らでもチャンスはありますって」
「ありがとう!
「やめてくださいよー、もう。まぁ、この状況じゃあ、クレーマーってのは確かですけど……ああ、レジに人が来るので退散します!」
「また来てね!」
店員さんに愛想よく手を振って、こちらに歩いてくる少女。名は
彼女は入口に立つ僕を見るなり、笑顔を失くし、強めの声で名を呼んだ。
「
「えっ!?」
胸がドキドキしているのは、彼女に呼ばれたせいか。それとも、彼女の真剣な顔を見て、ときめいてしまったせいか。はたまた、彼女に何か怒られるかどうか分からず、怖いから、か。
待っていた答えは意外なものだった。
「そこ、どきなさいよ。アンタが入口に立ってるせいで後ろにいる人達、ゾンビみたいになっちゃってるじゃない! どうしてくれんの!?」
ゾンビとは。何のことだか、分からず後ろを振り返る。とんでもないものが目に映り込んできた。
「う、うっひゃあああああああああ!?」
ガラス戸から覗かせる人、人、人の顔。表情も人によりけり。ナノカの様子が気になったのか、ずっと観察していた男子高校生がいる。僕の慌てる様子をまた面白がっている黒髪短髪の女子高生一人。そして、僕とその二人のせいで店に入れなくなり、顔が般若と化した人間が何人もいる。
急いで飛びのき、妨害していた人達に頭を下げてから、コンビニを後にする。
朝早く学校に来て、全速力で課題を終わらせた後。何か食べたくてコンビニに入ろうと思ったのだが、僕に殺意を向けている人達と共にショッピング、イートインは気まずさが半端ない。
諦めて、何も買わずに正面に建つ我が母校へと歩いていく。それも、ナノカの説教を受けながら。
「アンタ、もっとシャキッとしなさいよ! 朝から何ボォーっとしてんの!? そんなんじゃ、車に突き飛ばされるわよっ!? で、車はアンタに気付かず、走っていくでしょうね。捕まえたくても、復讐したくても残念、アンタはその車種もナンバーも知らない! ざまぁみやがれ、ね」
「何、そのリアルな例え……分かった、分かったって……」
寝ぼけていたことは確かだ。彼女の説教は正しく、異論は
「分かればいいのよ。分かれば、それにしても、変な寝ぐせねぇ。頭は洗ってるんでしょうね」
「……ああ、当然洗ってるし、大丈夫だって」
「良かった。に、しても入道雲みたいな寝ぐせねぇ……まだ梅雨も明けてないのに」
「そんなに凄いか、僕の頭……」
「いっそのこと坊主にしたら?」
「ううん、それ小学校の時やったんだけどさ、バリカンでやってる最中に頭がリーゼントみたいになる時があったんだよ。それ見てからさ……」
「ああ、絶望的に見合わないね。情真くんにリーゼント……あははは!」
それでも良かった。彼女がこちらに向けてクスッとでも笑いかけてくれるのであれば、僕は哀れな道化にすらなっても良いと思えた。
時に塩っぽく、時に晴れやかに。
笑ってくれる姿に一目惚れした。
いや、違うな。捻くれた僕こと、
僕は自分に文句を言う彼女が大嫌いになった。
興味を持った。気付けば、好きになっていた。言われるが言われる程に心の何かを満たしてくれるような気がして。温かい気持ちになれて。
だからと言って、精神的苦痛を楽しむマゾヒスト、ドMとかではない。そう思いたい。
とにかく、僕はナノカが好きだ。彼女のことを考えるとどうにもこうにも勉強は手に付かないし、心の中が騒いでしまう。
この場で叫びたい。こんな僕を好きになってくれ、と。
しかし、簡単ではない。
頭の中で恐ろしい文言が流れていく。
もし、彼女が僕のことを拒絶したら。
他の人が好きと言われたら。
仮に付き合えたとしても、今までのふざけた話ができなくなったら。
今の楽しく重圧のない関係が変わったら。
要約すれば、今の僕に告白するだけ、それだけのちっぽけな勇気すら持っていないと言うことだ。
なんて考えると、隣にいたナノカから指摘を受けた。
「またぼけっとして。誰かにぶつかっても、知らないわよ。って、前も電柱にぶつかって、平謝りしてなかった? 電柱に」
「ううん、
「変な事件に、巻き込まれないでよ。また……」
ビクッと来た。確かにそうだった。僕とナノカは出逢った当時から高校一年の今に至るまで、何かとトラブルに見舞われている。
きっかけは、ほんのちょびっとしたことから。先程言ったように電柱にぶつかって謝ったことから、迷い猫探しの貼り紙を知って。その猫を偶然見かけ、追っていったら学校の中で暴れられた事件もあった。まぁ、何とか僕達のパワープレイで捕まえることはでき、無事に解決したのだが。猫にまで怒られ、ボコボコにされて散々だった。
また変な不安を
「きゃぁああああああああ!」
事件は始まった。
校舎を貫く、とんでもない悲鳴と共に。
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