第8話 背徳的なメシ
日付が変わった頃。
食器をガチャガチャする音でハルトは目を覚ました。
部屋の真下がキッチンになっており、蛇口の水音やキッチンの点火音が聞こえやすいのである。
この家には二人しか住んでいない。
よって音の犯人はユウナだ。
またか、とため息をついた。
ユウナはお昼に爆睡していた。
こういう日の夜はほぼ百パーセント夜更かしするのである。
「この時間に食ったら太るよ」
一階へ向かってみると、冷凍庫をゴソゴソするユウナを見つけた。
取り出したのは冷凍うどん。
ハルトと目が合い、むふふと笑っている。
「これからカレーうどんを作るんだ。ハルくんも少し食べる?」
ユウナはカレーの残りを片手鍋に移して、そこにお湯と麺つゆを加えて、冷凍うどんと一緒に煮ていく。
スープが沸騰すると、食欲をそそるスパイシーな香りがキッチンに充満した。
深夜のカレーうどん。
この誘惑に勝てる日本人が果たして何人いるのだろうか、と哲学的なことを考えてしまう。
「じゃあ、少しもらおっか。ユウナが一人で食べると太っちゃうし」
「私の体重の心配? やっさし〜」
出来たてのカレーうどんを半分こした。
ユウナはロングヘアを汚さないようゆっくり食べている。
「この時間に食うご飯って悪魔的においしいよね」
「そうかな。何時に食っても同じだと思うけれども」
「いやいやいや、日付変わったくらいのメシが一番うまい。背徳感のせいだよ。ダメと分かっているのにやめられない」
ハルトはふ〜ふ〜した麺を胃袋に収めていく。
ユウナの言う通り、三割増しでおいしく感じる。
使った食器類はハルトが洗った。
この時点で深夜の一時前、街は寝静まっている時間帯だ。
遠くからバイクのエンジン音が響いてくる。
「食ったら元気が出てきた。漫画の続きを描こっと」
「やる気だね」
「ハルくんも一緒に作業していきなよ。深夜って集中力が上がるだろう」
「う〜ん……」
このまま寝ると太るしな。
自分にそう言い訳してハルトもタブレット端末を取り出した。
漫画を描く時、ユウナは表情がコロコロ変わる。
今は口角が持ち上がっているから調子の良さが伝わってくる。
「飯のシーンか……何を描こうかな……面倒だからカレーうどんでいいか……ぐにゃぐにゃぐにゃ」
「おい、異世界にカレーうどんとか変だろう」
「いいんだよ。作者が神様だから」
完成したカレーうどんの絵を見せてもらった。
「どう? おいしそうでしょう」
「器用だね。白黒でカレーうどんを表現するなんて」
「まあね〜」
毎日漫画を描くだけあって、ユウナの画力は普通に高い。
ずっと昔、お願いしてアニメキャラを描いてもらったことがある。
美少女だろうが、動物だろうが、マシンだろうが、ユウナは器用に描ける。
一番得意なのは筋肉ムキムキのおじさん。
「ほれほれ、ハルくん、新キャラ考えた」
「ん?」
頭に
胸のところに『スパイシー』と書いたTシャツを着ている。
「名付けてカレーうどん賢者おじさん」
「賢者とかいう割にメッチャ頭悪そうだけれども大丈夫?」
「IQが2,000くらいある設定。この世界でカレーを発明した偉人なんよ」
「ああ……ていうか、IQって概念あるんだ」
けっきょく深夜の二時過ぎまで一緒に作業した。
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