第4話 優しさには裏がある

 ルーを投入して煮ること十分。


「はい! 完成〜!」


 鍋のふたを持ち上げると、カレーの馥郁ふくいくたる香りが鼻を突いてきた。

 二人で料理したから達成感も二倍というやつだ。


「ユウナのご飯の量は?」

「並盛りでお願いします」

「はいはい、並ね」


 お皿を二枚取り出して白米を盛っていく。

 お腹ぺこぺこのハルトは大盛りにしておく。


「家で食べるカレーの何がいいって、ご飯とルーの割合を調整できることだよね。外で食べるとお米が半分くらい余っちゃうんだよね」

「それはペース配分の問題じゃないかな」

「むむむ……」


 姉のカレーには大さじ二杯のヨーグルトを投入しておいた。

 混ぜるとミルクティーみたいな黄土色に早変わりする。


「やべ、お尻から出るやつの色になっちゃった。こりゃ、うんぽこカレーだわ」

「お〜い! 人の食欲を削ぐなよ〜!」

「おう……ごめん」


 知能レベルが小学生並みというべきか、女性版ピーターパンというべきか、発想がいちいちガキっぽい。

 ハルトは何度目か分からないため息を吐きつつ手を合わせた。


「どう? 中辛だけれども平気?」


 ユウナは顔の横でOKサインをつくる。

 弟の自分がいうのもアレだが、黙っていれば中々の美少女だったりする。


「ほれ、ハルくんにお肉一個あげるよ」

「どうしたの? 急に優しくなっちゃって」

「いや〜。日頃から迷惑かけているからさ〜。お詫びの気持ちってやつ」


 一見しおらしいように思えるが……。

 昨夜、体重計にのったユウナが『うげぇ⁉︎ また増えてる⁉︎』と叫んでいたのをハルトは知っている。


「俺はお代わりしよっと。ユウナは?」

「私はいらない!」

「珍しいね。いつも二杯か三杯食べるのに」

「今日はいらない!」


 先に食器を片付けたユウナは、愛用のタブレット端末を持ってきた。

 動画を観たり、ゲームする他、趣味の漫画制作にも使っている。


 ユウナは画面を何回かタップ。

 体をくねくねさせながら満面の笑みをこぼす。

 投稿サイトの読者からポジティブなコメントをもらった時の反応である。


「最近、漫画の調子がいいみたいだね」

「貴重な春休みだからね〜。なるべく毎日頑張りたいよね〜」


 アマチュアの漫画でも読者がついたらPV数に応じた広告収入が発生する。

 高校生のユウナにとってはていのいいお小遣い稼ぎであり、本を買ったり服を新調するのに使っている。


 ちなみに連載しているのは『ダンゴムシ食ったら異世界最強の戦士になっていた 〜ブラック企業はすべてワンパンします〜』という冒険ファンタジー。

 略して『ダンイセ』。


 主人公は間宮まみやクサオ、三十七歳。

 サラリーマンだったが、会社が潰れてホームレスに転落。


 飢死がししかけている主人公の前を一匹のダンゴムシが通りかかり『私を食べなさい』とテレパシーを送ってくる。


 ダンゴムシを飲み込み、気を失ってしまうクサオ。

 次に目覚めると無敵のダンゴムシ戦士になっており……という始まり方。


 よく分からん。

 なぜダンゴムシ?

 ムシのくせに無敵?

 異世界にブラック企業?


 ツッコミどころは山ほどあるが、無敵のダンゴムシ戦士という設定と、シンプルなストーリー展開が楽しいらしく、根強いファンの獲得に成功している。


 描きかけ原稿を見せてもらった。

 アマチュアだから背景なんて適当だし、モブキャラだって棒人間のまま。

 でも主人公と敵キャラはしっかり描き込んでおり、愛着のようなものが伝わってくる。


「次の敵キャラで悩んでいるんだよね。カエル戦士とカメレオン戦士、ハルくん的にはどっちのデザインがいい?」

「気色悪いな、どっちも。ど〜せすぐ死んじゃう悪役でしょう」

「クサオが新しく会得したダンゴムシ殺人拳の餌食えじきになる予定。作画の負担を考慮して、登場から六ページ後には消えてもらいます」

「ひでぇ……」


 亡くなったカメレオンの姿が想像できないハルトは、カエル戦士かな、と返しておいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る