義妹じゃないもん!

ゆで魂

第1話 はじまりの四月

 憎悪ぞうおが芽生えるのは、いつだって一瞬らしい。


「あら、お兄ちゃんのお手伝い。偉いわね〜」

「そ〜なんですよ。うちのお兄ちゃん、お買い物が下手くそで〜」


 レジ打ちのおばさんに笑みを返した三秒後。

 悔しそうに地団駄を踏み始める中二くらいの女の子がいた。


「違う、違う、違う、そうじゃな〜い。私が姉なんだ〜」

「あら、そうだっけ?」

「くぅぅぅ〜」


 突然あらわれた珍獣をたくさんの買い物客が見つめてくるものだから、水瀬みなせハルトは情けなさのあまり、額に手を当てため息をついた。


「ほら、ユウナ、後ろの人が並んでいるから」

「くそっ! 覚えていろよ! いつか金持ちになって、この店のマカダミアチョコ、私が全部買い占めてやる! 百回謝っても許さんからな!」


 文句を垂れ流しながら去っていくのが水瀬ユウナ。

 ハルトの姉、かつ、この街が生んだ珍獣だ。


 首から上は文句なしの美人で、アイドル顔負けのプリティーフェイスを持っているが、学年で一番小さい身長と、金切り声を出しちゃう習性がネックとなり、彼氏と付き合った経験は一切ない。

 いわゆる残念系美少女というやつ。


「お会計はバーコード決済でお願いします」

「はい、毎度ありがとうございます」


 ハルトが袋詰めしている間も、ユウナは腕組みしたままサッカー台にもたれかかり、淡いバラ色の唇をツーンと尖らせている。


 灰色パーカーの下に着ているのは、でっかく『滅びよ!』とプリントされた激ダサTシャツ。

 ファスナーを閉めるという発想はないのだろうか。

 じゃないと一緒に歩くのが恥ずかしい。


「ユウナが中学生にしか見られない原因の大半は、身長のせいっていうより、ダサい服装のせいじゃないかな」

「なんでだ。格好いいだろうが。滅びよ! だぞ。滅びよ! 最高だろう」


 ユウナは自信満々に小玉メロン並みの胸へ手を当てる。

 一体誰を滅ぼしたいのか気になるし、通行人に喧嘩けんかを売っている気がしなくもないが、本人が格好いいと言い張るなら仕方ない。


 ハルトは二つある買い物袋の内、軽い方をユウナに持たせた。


「怒ったらお腹減っちゃった。アイス食べよっと」

「おい、お店を出る前なのに行儀が悪いだろう」

「レジを通したからギリギリセーフなんだよ」

「お店のルール的にアウトだって……」


 ビリビリと袋を破いて特濃ミルクアイスをくわえると、ユウナはこの日一番の笑顔になった。

 うま〜! と叫んで頬っぺたに片手を添えている。


「よし、決めた。私、このアイスを作っている会社に就職する」

「いやいや、ユウナの学力じゃ無理でしょう。誰でも名前を知っている食品メーカーって、就職人気ランキングでわりと上位じゃないかな」

「そうなの?」

「知らんけれども」

「そうなんだ〜。まあ、頭の悪い人が棒アイスを作ったら、光の速さで会社を潰しちゃいそうだしね〜。牛丼味のアイスとか発売して炎上しそう」

「あ、頭悪いっていう自覚はあったんだ」


 ローキックを食らったが少しも痛くない。


「ほれほれ、ハルくんも食いなよ」

「もらっていいの? そのアイス、ユウナの分でしょ」

「大丈夫」


 姉はまったく同じパッケージのアイスを袋から取り出す。


「二本買っておいた。そっちは姉弟で分ける用。こっちが風呂上がりに私一人で食べる用」

「いつの間に⁉︎」

「気づかなかったでしょ」


 抜け目ないというか、小動物みたいというか、小狡こずるいというべきか。

 くりっとした目も相まって憎めないオーラが出ている。


「どうかね。お姉ちゃんの唾液だえきでベトベトになったアイスの味は」

「変なこと言うなよ〜。急にマズくなるだろうが〜」

「クック……最低の調味料だろう」


 先っぽが溶けたアイスをくわえたまま外へ出ると、四月にしては暖かい風が吹いていた。

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