第13話 仮面舞踏会にて③

 舞踏会が始まるまで後三十分ほどあるが、ルーチェルは会場内がどのような配置になっているのか? 非常口の場所は何処にあるのか等をセスと軽く見て回っていた。受付で会場内の見取り図を配られるが万が一、不測の事態に備え、迅速に動けるように実際に足で確かめておく必要があった。


 会場には軽やかで楽し気な音楽が流れ、様々な姿に変装し仮面を身に着けた老若男女が続々と入場してきている。予想通り、派手な衣装を身に着けている人が大半だ。今回の任務を成功させるには、集団に溶け込む事が必須だ。セスの黒マントに黒スーツ、ルーチェルの真っ赤なドレスは既に集団の中に埋もれて来ていた。


 ……うふふ、変装って最高! 等身大の私なら絶対出来ない事が出来たり、普段の私なら絶対に言えない事も自然に言えたり。変装している間は、髪と瞳に色だけでなく顔まで変えるから。私ではない全くの別人になれたような気がして病みつきになるのよね……


 ルーチェルはエスコートをしてくれているセスをチラリと見やる。気付かれないようにほんの僅か見つめてすぐに進行方向に視線を戻した。


 ……変装している時、ある時は妖艶な美女、ある時は可憐な乙女、またある時は中世的な美人、そしてまたある時は小妖精パックみたいな男の子、『変化へんげのルーチェル、見参!』なーんてね。でも、こうしてなんちゃって美女に変身している間だけは、セスの隣に居ても彼に恥ずかしい思いをさせなくて済むから、そこもまた『棚ぼた式ラッキー』で得した気分にもなるんだな……


 さらりと扇子を広げ、口元を隠すと『ふふふ』と誰にも聞こえないように少しだけ微笑んだ。因みに、扇子はゴールドの地に大振りの黒揚羽が数匹舞っているという絵柄で、趣味がてらルーチェルが描いたものの一つだ。


 ……とは言っても、慢心は禁物。好調な時ほど調子に乗らないようにしないと。『傲りは自滅への道』、肝に銘じておかないと。セス先輩やキアラ様たちの大恩のある方々に迷惑を掛ける訳にいかないもの……


 『驕りは自滅への道』、世直し魔導士の研修としてセスに師事しながら、依頼主とそれに纏わる人々の原因と過程、その結果をつぶさに見て来た結果、ルーチェル自身が感じ取った事だった。だからこそ、アロイスと巫女の行く末が気になるところではあるのだが……。その時のトラウマがフラッシュバッグし、過換気症候群に陥ってしまうのだ。その度にセスをはじめ、周りに迷惑をかけてしまうので申し訳なく思ってしまう気持ちと、当時の自分に向き合う事を未だに恐れている己の情けなさとのジレンマにも悩んでいた。


 「……これで、会場内の配置は把握出来たな」


セスは確認を取るように言った。


「はい!」


 迷わず笑顔で応じる。ルーチェルは密かに気合を入れ直した。


……今度こそ、自分の感情に振り回されない! 私と似たような境遇の人に自分を重ね合わせて過度な思い入れはしない! これは任務を遂行する上での基本中の基本よ!!……


 セスはそんなルーチェルを半ば微笑ましく、もう半分は心配する気持ちで見つめる。


「あまり、気負う必要ないからな? 気を抜き過ぎるのも良くないが、肩に力が入り過ぎても必要な情報を見逃して判断を間違え易くなるかな?」

「はい。気をつけます」


 ルーチェルが苦笑しつつ答えるのと、音楽が止まって室内の灯りが少しだけ暗くなるのが同時だった。皆、レッドカーペットが敷かれた階段の上に注目する。


 「帝国の輝ける永久とこしえの太陽、エドワード・ルアン・フォンヴォワール皇帝陛下のご入場です!」


張りのあるテノールが響き渡ると同時に、二階の扉が静かに開かれた。純白に金色ボタンの軍服……帝国の皇帝の正装に身を包んだ長身で線の細い男が姿を現した。肩の辺りにサラサラと流れる亜麻色の髪。青味がかった白い肌に、爽やかなスカイブルーの瞳を持つ儚げな美貌を持つ男だった。


 ……フォンヴォワール家って美形一族なのかな。ジルベルト様も、弟のエヴァン様も超がつくほど美形だし。先代の女たらし愚王も顔だけは良かったもの……


 今回の任務内容は、皇帝エドワードに関するとある噂の出どころを探し出す事にあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る