第12話 仮面舞踏会にて②

 シュペール帝国の仮面舞踏会は季節ごとに一度、王城にて年四回ほど開催される。三年ほど前までまで、パトリック・ドナテロ・フォンヴォワールという女癖の悪さにかけては稀代と皮肉を叩かれる愚王が帝国を治めていた。周りを固める側近たちが倫理観が高く怜悧だったという偶然の奇跡が重なって、七年も続いたという。この愚王が、女好きだった為に、帝国民のモラルが著しく低下してしまった。特に恋愛面に関してだ。『浮気は男の甲斐性』のような風潮が広まってしまった。


 この仮面舞踏会も、愚王が統治していた時代は……仮面舞踏会は#公然の秘密の大人の会と称して乱交やらが横行していた……らしい。ルーチェルにとって最凶の悪夢となってしまったあの『剣術大会』も然り。優勝者には、殺傷以外なら皇帝が直々に何でも五つの願いを叶える! と銘打って。優勝者が願い出れば不倫略奪も皇帝の命令で可能に。爵位や領地を希望すれば爵位はその場で作り上げ、領地は誰かが治めていたものを何の前触れもなくその場で適当に決め強引に奪い取って与えるのだ。その事で被害を受ける者が出てもその補償は一切無い。


 よって、あの時アロイス・ヴァイデンによって未来を奪われ被害を受けたたのはルーチェルだけではなかったのだ。


『アロイス・グレンチェント伯爵と名乗り、クレスプキュールの領地を与える!』


 声高らかに宣言した皇帝の言葉により、理不尽にもクレスキュールの領地を剥奪……いや強奪されてしまった、ある伯爵家が存在したのだった。しかも、異世界から召喚されたという巫女とやらは大変に可愛らしい容姿をしていたので、それだけの理由で身分を問わず見目麗しい女好きの皇帝は、国から毎月の生活費を支給する事を取り決めてしまったという。それも、一生遊んで暮らせるくらいの金額なのだとか。この時の女狂いの皇帝によって、不倫略奪禁断愛を推奨するような風潮が蔓延していたのもあって、アロイスとルーチェルの公開婚約破棄、異世界召喚巫女との略奪愛を大歓迎するようになってしまったのもあるだろうと分析される。


 冷静に考えてみれば、所詮は他人事、あの場で無責任に雰囲気に呑まれて盛り上がっていたものの。全ての人がルーチェルを悪女とし、アロイスと巫女との背徳を心の底から推奨応援していた訳ではないだろう。


 皇帝パトリック・ドナテロはそれから程なくして失脚した。民衆から不満が爆発して暴動を起こされ、退位を余儀なくされたのだ。尤も、皇帝自身が面倒臭くなり、さっさと譲位して好きな女たちと享楽的に過ごしたい、という欲望が最高潮となったタイミングでのあったらしい。その後は、愚王と寵姫の間に生まれたジルベルト様とキアラ様が皇帝皇后となって……というシナリオだった筈が。ところが! ジルベルト様がここでまさかの……幻惑魔術と洗脳、時空を操る呪術使い……と国民には発表されている……と、無自覚に魅惑とマインドコントロールを操るという似非聖女の罠にハマり、キアラ様を帝国民が集う中『婚約破棄』『似非聖女と婚約宣言』『断罪』『公開処刑』と。テンプレートと化したキーワードをそのままやらかしたらしい。その後、凡そ一年かけて周囲の仲間と共に掛けられた術を解き、全てを見通し算段を立ててテネーブル小国に身を潜めていたキアラ様たちと共闘、呪術師と似非聖女を打ち破った。その後、皇帝にはエドワード・ルアン・フォンヴォワール様がついた。元々は愚王と正妻の間に生まれた嫡男、本来は王位継承権第一位なのだ。


 そのようにして時代は移り変わってきている訳だが、実はルーチェルはセスに助けられてからほぼ一年ほど、記憶が曖昧となっている。これまで受けて来た精神的なダメージが、一気に心と体も両方に出てしまったのだ。入院を余儀なくされ、退院した後もベッドでの生活が続いた。


 少しずつ健康を取り戻し、今では『国境なき世直し魔導士』として独り立ちするという夢も出来た。何においてもそこそこ出来るけれども、取り立てて光るものがない、典型的なムササビの五能であったルーチェルに、


 「全てにおいて平均以上に出来るというのはお前の特技だ、誰もが出来る事ではない。お前はまだ十六歳とまだまだこれからだ。出来るか出来ないかではなく、興味がある事を兎に角やってみろ。その為の援助はしてやるから心配するな」


 セスの言葉にどれほど救われ、もう一度立ち上がる勇気を得たか。幼いころから『自分には無理』と諦め、夢見る事さえ諦めていた『演劇』。最初は精神的なダメージの回復の一環で基礎を習った。面白くてのめり込んだ。けれどもそこでずば抜けた頭角を現すほどの才能は無かった。ルーチェルにしてみたら「やっぱりね……」と苦笑案件だったが。それでも趣味で続けている。何せ、『世直し魔導士』の仕事で変装魔術と演技が役立つのだから。趣味と実益を兼ねた天職だ、と感じるようになった。


 そこまで心身ともに健康を取り戻してきているにも関わらず、アロイスと巫女に関しては未だに向き合えずにいた。セスもキアラ様も、担当の魔道心療内科医も、「焦る必要はない」と言ってくれてはいるが……


 ……似たような境遇に居る人に出会ったら、ついつい無意識に自分を重ねてしまうのよね。気を付けないと、この仕事では致命傷になり兼ねないから。そろそろ覚悟を決めないと……


 「……か? ほら、まずはリラックスして楽しめ」


セスに促されて、我に返る。会場はもう仮面をつけた人たちが多数集まって来ていた。


「私たちの変装、正解でしたね。『ドラキュラ伯爵カップル』が、あっちもこっちも居ます」


ルーチェルは可笑しそうに笑った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る