心世界
チャーハン
EPISODE1: 少女との出会い
少女が一人、
木々達は不規則に風で揺らされながらざわざわと葉音を鳴らし続ける。
不協和音とも思えるほどに一体感の無いそれは、少女に対し恐怖心をもたらした。
「パパ……ママ……怖いよ……助けてよ……助けてよぉ……」
少女はか細い声で願いを天に向かって呟いた。天は気にする素振りすら見せず、群青色のキャンバスに白色の雲達を増やしていく。
「寂しい……寂しいよ……」
少女は泣きじゃくりながら、弱弱しく呟いた。ランタンの光が、ほのかに揺れている。このまま遅く帰っていたら、やがては闇に包まれるだろう。
もしそうなれば、彼女が無事に帰れる可能性は零に等しくなるだろう。それだけは何としてでも避けなくてはならない。それにも関わらず、歩みは遅くなっていく。
恐怖心が、少女の心を蝕んでいく。
今すぐ、叫んでしまいたい。今すぐ、走り去ってしまいたい。
少女は発散出来ない負の感情を溜め込み続けていた。
「ヒッ!?」
一人で森を歩く中、彼女はびっくりしたような声を出した。
彼女が歩いている獣道の中央に、一匹の生物が横たわっていたからだ。
その生物は、つやのある黒色の毛並みと凛とした琥珀色の瞳が特長的な黒猫だった。黒猫は少女の姿を見るとしわがれた様な声でこのように呟いた。
「み……水……」
本来なら、恐怖心を感じるだろう。喋る猫はこの世に存在しないからだ。
しかし、少女はそんな感情を一つも覚えなかった。
その理由は、彼女がねこという生物を知らなかったからである。
「は、はい。どうぞ」
少女は革製の肩掛けが付いたクルミ色の水筒の蓋を取り外し、こぽこぽと柔らかな音を鳴らしながら水を注いでいく。一定量たまり、若干溢れそうになっている水筒の蓋を慎重に触りながら、彼女は猫の口元からゆっくりと水を流し込む。
二十秒ほど経った頃だろうか。横たわっていた猫は右前足と左前足を地にゆっくりつけながら伸びをしていた。
猫の鼻が先ほどより湿っていることから体調は良くなったのだろうか。
緩やかに体を伸ばし続ける生物の姿を見つめていた少女は一言、この様に呟いた。
「ありがとう、華凛なお嬢さん。おかげさまで喋れるほどには回復できたよ」
「ど、どういたしまして……?」
少女はねこからのお礼に驚きながらも、謙遜の言葉を伝えた。
「いやぁ、それにしても驚いた。まさかこんな真夜中に幼気な少女が一人で森の中を歩いているなんて考えもしなかったからね。あぁその前にまず私の名前を名乗らせていただこう。私の名前はマルチーズ。犬じゃないのにマルチーズだ。滑稽だろう?」
「……………………?」
「――なんというかすまないね。つい癖で、長く喋ってしまうんだ。うーん、そうですね。とりあえず命の恩人である貴方の名前を教えてもらってもよろしいですか?」
マルチーズと名乗る黒猫は先ほどの興奮が薄れると共にゆったりとした口調になった。その態度は己の気品の高さを表わしているようにすら見える。
「……エルシー。エルシー・マクレラン」
「エルシーさんですか。良い名前ですね」
「さて、そろそろ夜も更けてきましたね。もしよろしければ森の抜け方を教えていただいてもよろしいですか?」
「は、はい。分かりました」
マルチーズからの頼みに対し、エルシーは不思議そうな表情のまま了承した。
一人と一匹は、薄暗い森の中をゆっくりと歩き始める。
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