婚約破棄された子爵令嬢が、ショタ賢者を拾って愛でる

水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴

第1話 婚約破棄された子爵令嬢、ショタを拾う

「ローザ・シュトラウス子爵令嬢、あなたとの婚約を破棄をします!」


 きらびやかな夜の舞踏会で、クラウス・アルトリウス伯爵は宣言した。


 ブロンドの美しい髪と、涼しげな青い目。

 すらっと高い、細身の身体。

 クラウス伯爵が道を歩くと、令嬢たちの黄色い声が漏れる——要するにイケメンだ。

 

 周りの貴族たちはざわついた。

 当然の反応だ。

 ローザとクラウスは、王都一のお似合いカップルだと評判だったからだ。


「アルトリウス様、なぜですの?」


「私を愛していない。……あなたには、他に愛を誓い合った男がいるそうですね」


「そんな……クラウス様だけを愛しております!」


「もう信じられない!」 


 ……そんな!

 あと少しで、プリンセスになれたのに。  


 プリンセス——前世で月80時間超える残業をこなしていた三十路社畜OLだったリーザにとって、無縁の単語。

 プリンセス——たとえば、シンデレ○、白雪○、ベ○、エル○、ラプンツェ○。

 せめて、ピー○姫ぐらいにはなりたかった。

  

 泣き崩れそうになるローザを、広間の端からクラウスの妹、シャルロッテ・アルトリウス公爵令嬢が、薄笑いを浮かべながら見ていた。



 まさかこの世界でも、婚約破棄されるなんて……

 ローザは舞踏会を走って逃げ出した。

 泣き腫らしたぐしゃぐしゃの顔で、夜の王都を当てもなくさまよう。


「あーあのクソ男を思い出しちゃったじゃん」


 あのクソ男——大学から十年付き合った挙句、結婚式の前に婚約破棄された。

 あの時も、渋谷の街を当てもなくさまよって、トラックに突っ込まれたんだっけ。

 

 前世の思い出したくもない記憶に苦しめられていると、ローザはいつの間にか、王都の郊外まで来ていた。


 ……ここは?


 鉄の柵で囲まれた、立派なレンガ作りの建物。

 3つ塔があって、真ん中に大きな時計がある。


 まるで、ホグワー○みたい……

 あれよりは、もっと雰囲気明るいけどね。 

 うん。いわゆる「魔法学園」ってやつだ。

 

 あれ、誰かいる?

 女の子?いや、男の子?


 あの魔法学園——トリスタン王立魔法学園の校門の前で、ひとりの少年が立っていた。

 

 魔法使いの黒いローブとトンガリ帽子。

 銀髪の髪が月明かりに照らされて輝いている。

 少年は身体を震わせて、泣いていた。


 声かけてもいいかな?

 知らない大人のおねえさんが、夜にあんなかわいい子に……。

 でも、なんか一人ぼっちみたいで危ない。大人として、健全な青少年を保護しなくちゃ。

 青少年保護、青少年保護、と自分に言い聞かせながら、ローザは少年に声かけた。


「君、どうしたの? こんな夜に一人で?」


 少年はトンガリ帽子を脱いで、ローザを見上げた。

 銀色の髪がさらさらと風に揺れる。茶色がかかった澄んだ瞳がローザを捉えた。


「おねえさんこそ、なんでこんなところに?」


 声変わり前の、男の子の声だ。

 まるで女の子の声みたいに柔らかい。


「は!申し訳ありません!」 


 ローザが貴婦人だとわかった少年は、ローザに深々とお辞儀した。


「ジャン・ヴァランスと言います。ご無礼をお許しください」 


 十歳くらいだろうか。ぎこちないお辞儀が初々しくてかわいらしい。


「別にいいの。わたしはローザ・シュトラウス子爵令嬢。で、ヴァランス君は、ここで何してるの?」 


「それは……その……」


 ジャンは口籠った。


「ここの学園の生徒かしら?」


「二時間前までは、生徒でした」


「え、二時間って?」


「ぼくは二時間前に、学園を追放されました。学費がどうしても払えなくて。寄宿舎からも追い出されてしまいました」

「他に行くところないの?」


「行くところは……ありません。故郷の家はもう売ってしまってないですし、姉は、住み込みのメイドしてますから」


 話を聞いていくと、ジャンの家族は姉の一人だけだ。

 辺境での貧しい暮らしに嫌気がさした両親は、一攫千金を求めてダンジョンに入り、帰らぬ人になった。剣士と魔法使いの夫婦だった。


「勇者がいないのにダンジョンに入るなんて無謀ですよね……」


 ジャンは苦笑いした。

 姉からの仕送りだけで学費を工面できないから、奨学金を得て魔法学園に通っていた。


「最近、王都の財政難で、奨学金がストップしてしまって……。ぼくみたいな貧しい家の生徒は、追放されてしまいました」


 奨学金——自分もたくさん借りてたな……

 前世でローザは、奨学金をフルで借りて大学へ行き、社畜になって毎月せっせと奨学金を返し続けていた。

 前世の嫌な記憶が蘇って、つい渋い顔になってしまう。


「すみません……シュトラウス様にこんな話を聞かせてしまって」


「今夜、どこで寝るつもり?」  


「……」   


 ジャンはうつむいてしまった。

 ……この子、外で寝るつもりなんだ。

 もう冬なのに。

 どうしよう?

 他に頼れる人もいないみたいだし。

 

「ねえ、とりあえず、今日は私の家に来なさない」


「え、そんな悪いですよ」


「いいの。君を一人にしておいたら危ないから——」


 ローザはジャンの手を握った。

 柔らかくて小さな手。

 ジャンは顔を赤くして、ローザから目を逸らした。

 もしかして、恥ずかしがってるの?

 かわいい……

 

 ローザとジャンは手を繋いで、お屋敷まで歩いた。







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