婚活準備なのです

「困ったよね」

エリックの執務室にてニコラと話す。


兄ニコラは王太子付の従者の為、こちらから出向く必要がある。

休日というのもほぼないからだ。


「伯爵から話がしたいって手紙が来てすぐに調査したよ。クロス殿は既に海を渡った後だった、愛の力は凄いよね」


もっと凄い方もいるけれどとエリックを見る。


王太子妃であるレナンを娶るため、エリックは様々な計略を張り巡らせて、他の男達を蹴散らし、自分の傍に囲い込んで婚姻を交わした。


正々堂々と真っ向からレナンに告白するなど最初から考えておらず、地固めをし、じわじわと追い詰めるようなやり方の結婚だった。


とうのレナンがそんな事があったとは何も気付かず、エリックからの愛情を嬉しそうに受け止めているため、敢えてレナンには事の経緯を言ってない。


「ニコラが伯爵家を継ぐか?」

エリックはさらりと言った。


「ご冗談を。僕はエリック様のお側で一生仕わせてもらうと決めてますから。領主になったら領地経営に嘆願書の処理、経済維持と、こちらに来ることができなくなるじゃありませんか!」

ニコラの大声が部屋中に響いた。


「マオに譲ります」

「はぁぁっ?!」


唐突に押し付けられ、マオとて困惑だ。


「なんで僕が…僕だって嫌ですよ。ティタン様とミューズ様はほわほわしたご夫婦ですから心配なのです。

いくら降下したとはいえ、王家の血を引く者に変わりはありませんし敵も多いです。跡継ぎも生まれたら尚更僕がいないと困るはずです」

「確かにちょっとぽわんとした夫婦だけど、護衛騎士のルドやライカもいるし、剣聖のシグルド公だって都度訪問しているじゃないか。少しくらい離れたって平気だろ」


「俺の弟なのだが…」

目の前で実弟をほわほわと言われ、やや苦笑いする。

頭を使うのが苦手な弟とは確かに思っているが。


「実際ニコラがいないのは俺も困るな。マオもいないと困るだろうが、伯爵家から通いでティタンの元へ行けるだろう。

配偶者に領地経営できるものを据えればいい」

女性の登用が増えてはいるがまだまだ男社会だ。

当主となるのは男性という暗黙の了解がある。


例えニコラの配偶者に優秀な者が来たとしても、ニコラはあまり家から離れられないだろう。


「エリック様まで僕を犠牲にするですか?こんな傷だらけで出自の怪しい女に配偶者なんて来ないです、それに領地経営できて僕の仕事にも理解がある男なんていると思えないです」


ぷいっと拗ねてしまう。


「だが、伯爵家が無くなるのは兄妹共に困ってしまうだろう。新たに契約する貴族を探すのも骨が折れるし、成人した養子が二人もいるのだからクロス殿が居なくなった今、継がないのもおかしい。周囲からも怪しまれるぞ」


余計な事をして側仕えが出来なくなるのは本末転倒だ。


「跡継ぎはマオが婿を貰えばいいし、領地が欲しいという利害が一致する男性がいるはずだ。ティタンには俺から話をしとくから」


そこまで言うとはこれは決定事項のようだ。


「兄さんが継げばいいのに…」

まだ納得していないマオは恨みがましくニコラを見た。


「こんな魔法がかかってる男に来るわけないよ」


胸元の服をはだけるとニコラの左胸に黒い薔薇と棘のついた蔓が描かれていた。


これは契約者に何かあればニコラの心臓を棘で刺し、蔓で締め付け、最後は紅い薔薇を咲かせて死ぬ呪いのような契約魔法だ。


契約者はエリック。




契約者が死ねばニコラは死ぬ。

契約者が望めばそれでも死ぬ。


裏切らせない為の契約。




「もういつまでそれつけとくつもりですか。いい加減外せばいいのに」

呆れた口調のマオだが、ニコラは誇らしげだ。


「エリック様への忠誠の証だ。僕は死んでも解かないつもりだよ。エリック様が怒った時はたまに本当に死ぬかもって時があるけどね」


ニコラはエリックに多大な感謝と尋常じゃない心酔をしている。

その気持ちは狂信者のそれで、妹としてはなんとも複雑だ。


「出会った時はともかく、今は全く強制してないんだが。外すというとならば新たに自分でつけると魂に干渉する魔法まで覚えてきた…こいつを俺から離せるか?」


エリックの問う言葉にマオは項垂れるしかなかった。




「マオ、兄上から話は聞いた」


屋敷に戻るとすぐティタンから呼び出しがかかった。


「マオが結婚しないと俺たちのところに居られないとの事だったが、結婚のためにはまず出会いがなければならない。少しの間こちらの仕事をセーブしてパーティに参加して欲しい」


「そうなるですよね…」

はぁ、ため息をついた。


着飾るのは凄く嫌いだ。

ドレスも重たく動きづらい。


パーティには従者として参加していたが、動きやすさを重視し男装のようなパンツスタイルばかりであった。


「俺もパーティは好きじゃないからわかるぞ。しかし家の継続の為と割り切ってくれ。しばらくはチェルシーに身だしなみを整えるのをお願いしよう」




「マオ様を着飾る時が来るなんて、ビックリだわ」

「僕もまさか自分が婚活するとはビックリですよ」

ハァとため息をついた。


チェルシーは公爵夫人、ミューズの専属メイドだ。

マオの事情を知る数少ないものでもある。

口が固く、多少の事は物怖じしない。


細かい傷のついたマオの体にチェルシーがオイルを塗り込み、マッサージしていく。


チェルシーが、その傷の事について触れることはない。

マオも説明するのが面倒くさいのでありがたく思う。


「婚活いいなぁ、私も結婚したいわ。仕事に理解がある男であればある程度目は瞑るけど」


チェルシーは子爵令嬢だ。


領地もないし、継ぐものも何もない。こうして働きに出るのを許してくれる旦那なら割と誰でもいいと思ってる。

「チェルシーは気が強いから、難しい気がするのです」

「あらマオ様、私は優しいですよ。すごく優しい」


自分で2回も言った。


一緒に働く同僚とは言え、マオのほうが身分は高い。

しかし、気さくな口調を許すのは主であるティタンからして拘りがないからだ。


屋敷の雰囲気的にもゆるっとふわっとしている。


「ルドとかお似合いだと思うのですが」

「!!??」


ルドはミューズの護衛騎士である。

燃えるような赤毛をした、ライカの双子の兄。

彼もまた訳ありだ。


表情は乏しいが、忠実で真面目が服を着て歩いている。

どんな身分の者にも敬語を忘れないほどクソ真面目だ。


「私みたいな粗野な女には、ルド様は合わないわよ」

ぐりぐりと強めのマッサージに切り替えられてしまった。

痛みに強いマオは耐えられるが、興味深いネタを手に入れられて良かったと思う。


(今度こっそり応援者を募りますか)


屋敷の者なら意気揚々と手助けしてくれそうだと、皆面白い事は何より大好きなのだ。

マオの結婚の話でからかわれるより先に矛先をチェルシー達に向けようと企んでいたのだ。

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