第22話 命の形

 翌日、俺とレイナは謁見の間に呼ばれていた。


 マリアはというと、昨夜の騒動の後に、警備の人によって衛兵所へと気絶をしたまま拘引こういんされていった。


 朝食を取り終えた後に、アリシア様がきて、お館様が話があると告げに来た。


 そして今に至るのだけど、この謁見の間は俺達みたいな家無し子が入っていいような部屋ではない。扉の前で、入るかどうかをレイナと二人で悩んでいると、中から扉が開かれた。



「ほら、ハルトとレイナ、中に入りなさい」



 出てきたのは薄い緑色のドレスを着たアリシア様だった。



「いや、でも……不味いんじゃないんですか?」


「何を言っているのですか。はい」



 えっ?


 

 アリシア様が俺に手を差し伸べてきた。これって、手を握れって事だよな? いやいや、しかしですね……。


 俺が戸惑っていたら、アリシア様が俺の手を握り、中へと引っ張られた。


 ア、アリシア様の手、めちゃめちゃ柔らかい!


 中は豪華絢爛な部屋だった。レイナが「うわあああ、綺麗ぃ〜」と、感嘆の声をあげる。


 綺羅びやかで豪華な部屋。宝石を散りばめた様なシャンデリアに、壁には美しいギルディングのアートワーク、磨かれた大理石の床には赤い絨毯が敷かれている。


 その先の雛壇には正装されたお館様と奥方様が座っていて、お館様の脇には、気品溢れるおじさん二人が立っている。



「こちらに来たまえ、ハルト、レイナ」

 


 アリシア様に手を引かれた俺はオドオドと、レイナはニコニコとしながら雛壇の手前まで歩いた。



「ハルト、こたびはよくやってくれた。ハルトがいなければ、我が侯爵家は全員がマリアに殺されていた」


「ハルトが我が家にいてくれて本当に良かったわぁ」



 優しい笑顔でお館様と奥方様は、俺を褒めてくれた。



「僥倖とはまさにこの事だな」


「ハルトを連れて来たのは私です。私にも何かご褒美があっても良いのではないでしょうか」



 俺の隣にいるアリシア様が、何かおねだりをしている。そして、その言葉に奥方様がクスクスと笑った。



「眠れる森のお姫様は、王子様のキスで目を覚ましたのですよね。既にご褒美は貰っているではありませんか」


「えっ、あ、あれは……」



 奥方様の言葉に、頬を赤らめるアリシア様。


 アリシア様、あれはキスではありませんよ! 人工呼吸です! 人工呼吸なんです! あれをキスと認めたらコック長のマルクスさんや、食堂のおばさん、植木のおじさんや、庭掃きのおばさんともキスをした事になってしまう!



「あれは人工呼吸です!」



 レティシア様が言い切った。



「そ、そうだな。うむ。あれは人工呼吸であったな」



 お館様が人工呼吸と認めた。侯爵様が人工呼吸と言えば、誰がなんと言おうと、人工呼吸なのである。



「でもハルトの舌の絡め方はとても良かったですよ。ねぇ、あなた」



 奥方様、まぜっかえさないで下さい!



「う、うむ……」



 うむ、じゃないですよ、お館様! なぜに頬をポッと赤く染めているんですか!



「エルニスなどは、朝からハルトを持ち上げる話しを、あちらこちらでしていましたわねぇ」



 奥方様の仰ることは俺も小耳に挟んだ。エルニスさんは人工呼吸の時に、逆に俺の口に舌を入れてきたんだ! エルニスさんは、ショタコン確定だな!



「ハルト君、本当にありがとう」



 俺をハルト君と呼んだのは、身なりのよいおじさん。お館様の弟である伯爵様だ。



「しかし、兄さんから聞いていたが、二人とも、本当に魔法が使えるのだな」


「ダージリン、それは違うぞ。私は二人がいずれは魔法が使える様になると言ったのだ。まさか既に魔法が使えるとは思ってもいなかった」


「我らが領地から宮廷魔術師が出るやもしれませんな、兄上」



 お館様と二人の伯爵様は、にこやかに談話を始めようとしていた。



「あなた、二人への話を続けてください」



 奥方様の言葉で、談話には至らず、お館様は「ゴホン」と咳払いをした後に、とんでもない事を仰った。



「ハルト、それにレイナ」


「はい」


「ひゃ、ひゃい」



 自分は関係ないとでも思っていたのか、急に名前を呼ばれて声がカミカミになるレイナ。



「先ずは一つ聞いておきたい」



 何を聞かれるんだ? 俺はゴクリと唾を飲んだ。



「なぜ昨夜は二人で逃げなかったのだ」


 

 お館様は真剣な眼差しで俺を見ている。侯爵様相手に嘘や冗談など言えやしない。



「お館様とアリシア様には大恩が有ります。その恩に対して俺とレイナは逃げるような事はできませんでした」


「そうか」



 お館様はそう言うと少しだけ目を閉じた。



「ハルト、賢いお前にだから正直に話す。大人とは打算で生きている」


「え、あ、はい?」



 いきなり何を言い出したんだ?



「家族会議ではハルトとレイナについてどう扱うかを話し合っていた」


「……はい」


「そして出た結論だが、今は状況が変わった」


「……はい?」


「ハルトには命を、家族の命を、私の家来達の命を助けられた」


「え、あ、はい」


「命には命を持って返さないといけない。ハルトは命とは何だと思うかね」



 いきなりそんな事を言われても困る。命っていったら、



「生きているって事ですか?」


「では、なぜハルトは生きているのかね」



 心臓が動いているから……ってのは違うよな。



「レイナの為です。俺はレイナの笑顔が見たいから生きているんです」


「そうだ。人は愛する人、愛する家族の為に生きている。それが命の形だ」



 命の形?



「私はハルトに命の形を返したい」



 命の形を返す?



「私の息子になりなさい」


「はい?」



 息子? 息子って………………。



「ええええええぇぇぇぇぇぇッッッ!」



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