第10話 毒見役のお仕事
夕食は野菜のスープにパン。トレーの上の二つのボール皿に、
広い使用人の食堂は、少し早くきたせいか、賄いのオバさん以外に誰もいなかった。
長テーブルに俺とレイナは座る。温かい食事を眺め、これを毎日食べられると思うと顔がほくそ笑む。レイナも幸せそうな顔で、スプーンですくった温かいスープをふぅふぅと冷ましながら食べている。
「おかわりあるからね。いっぱい食べなよ」
「「はい」」
俺とレイナは元気に笑顔で答えた。
◆
夕食も取り終わり、レイナと一緒にベッドに入る。毛布が暖かくて気持ちよい。
「お兄ちゃん……ありがとう」
レイナが毛布の中でそう言ってきた。
「レイナの笑顔が俺の元気の源だからな。明日からはお仕事頑張るよ」
俺はレイナの幸せそうな寝顔を見ながら、俺も幸せな気持ちになり眠りについた。
◆
「おはようございます、マリアさん」
早朝の薄暗い中、厨房へと向かう廊下で掃除をしているメイドのお姉さんがいた。
「おはよう、ハルト。今日から仕事?」
昨日、エルニスさんに紹介して貰ったマリアさんは、エルニスさんよりも少し年上のお姉さんだ。
「はい、宜しくお願いします」
「まったく、姫もなんで子供に危険な毒見役を。言っとくけど毒見役なんて真っ当な仕事じゃないからね!」
それは重々承知だ。現代の知識で、奴隷や罪人がやっていたのは知っている。
だから、俺みたいに食うに困る者が毒見役になる事が多い。
「はい、分かっています。それに僕は毒耐性を持っていますから」
「毒耐性と言っても絶対ではないのよ。アル中でぶっ倒れたバカがいるぐらいだからね」
「アハハ、ダールさんの事ですね」
「ハルトは子供なんだから無理はしないようにね」
「ありがとうございます」
◆
マリアさんと別れ厨房へと着く。厨房にはダールさんが待っていた。厨房にはダールさん以外には、コックハットを被った恰幅のよいコック長のマルクスさんがいた。
「おはようございます、ダールさん、マルクスさん」
「おはよう、ハルト。それじゃ、先ずはお前の味覚の感受性を知りたい。毒耐性持ちの悪い点は、毒に気が付かずに耐えてしまう点だ。自らの身を守りつつ、毒を見分ける。これが出来なければ、毒見役としては役に立たない」
ダールさんのいう事はもっともだ。毒見役は体調を崩してなんぼの仕事だし、毒に気が付かずに致死量を超える毒を摂取すれば死に至る。死なないとしても、失明をしたり、機能障害を起こしたりと良い事は一つもない。これが三ヶ月に一人死ぬ職場の実態だ。
「先ずは一通りの食材を確認してみてくれ」
「ハル坊、ダールが確認済みだから毒が入っている食材はないから安心してやってみなさい」
俺の事をハル坊と呼ぶマルクスさんがニコりと笑う。俺には毒絶対耐性が有るから毒で死ぬ事はない。毒解析のスキルが無かったら毒見役としては役に立たなかった。
「はい、分かりました」
テーブルの上に並べられたお館様達が食べる食材や調味料、更には銀の食器なども用意されていた。銀はヒ素に含まれる硫黄と反応して黒ずむ性質を持っている。お館様達に使用する食器は全てが銀製で用意されていた。
俺は手前の野菜を手にとり変色がないかを見て、匂いをかぎ、指で触り、指を舐める。
そんな事を、全ての食材、スパイス、食器類に至るまで繰り返し行った。気になる野菜や肉の部位はナイフでこそぎ落とし、少しだけ口にいれる。そして水で口をゆすぐ。
「終わりました」
「……で、どうだった」
毒が入っていない回答は既にマルクスさんから貰っている。今回、ダールさんから求められているのは、俺の味覚感受性だ。
「はい、毒はマルクスさんが言ったように入ってはいませんでした」
毒レベル1未満は毒とは言わない。子爵家の毒見役試験で学んだ事だ。
「ただ、この葉野菜が少し傷んでいるのと、このお肉のこの部位が少し傷んでいます」
「よし、合格だ。俺と同じ答えだからな」
ダールさんがサムズアップして、合格点を出してくれた。
「それともう一つ」
「もう一つ?」
「はい。コップの水が少しだけ傷んでいます」
ダールさんとマルクスさんは、はて?、みたいな顔になっている。
「水か……」
そう言ってダールさんは俺が飲んでいたコップの水を口に含んだ。
「ん〜、分からんな」
「その水は、今朝汲んだ綺麗な水だからな」
ダールさんも分からないほどの水の痛み。なるほど、毒レベル0.2も気にしなくていいみたいだ。
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