異世界人探しっ!
@mumeiArtwork
プロローグ
目が覚めた。周りには豊かな緑と澄み切った青い空。皮肉な程気持ちのいい陽気の中、置かれた異常な状態に身震いする。
「うっ、ぐ・・・」
起き上がろうと上半身を持ち上げると、胸に走った鈍痛でバネのように弾けて草むらのベッドへ逆戻り。体を横に倒し、今度はもう少し慎重に上体を起こしてみる。
「うぇ。まっず・・・」
目覚めてしばらくすると、口内に唾液が戻ってきた。それは否応なくこびりついた鉄の味を再認させる。何度か吐き出した唾はくすんだ赤。息を切らして脂汗をぬぐい、手元を見る。折れた剣。抜き身のまま硝子が割れたようにヒビを幾重にも刻んで横たわっていた。それはどこか、己自身を反映しているような。
剣を拾い上げて鞘に戻す。切っ先の方はもはや探さなかった。見つけたところで、もはやどうしようもない。そして、男は徐に歩き出した。
ここには草がある。花がある。虫達は自由に飛び交い、風は木々を撫で上げて躍らせる。何も可笑しな所はないはずだ。それなのに感じる違和感。何かが背後にぶら下がっているような焦燥感。その正体が見えてきた。男は決して生物に詳しいわけではない。蛾と蝶の見分けぐらいは付くが、蝶や蛾の種類まで言い当てるような真似はできない。そんな彼ですら分かった。
「どれも、知らない。」
一つたりとも見たことのある種がない。草も、虫も、木々も、何もかもが少し違う。夢とも思った。だがそれでは説明がつかない。夢は脳が作る虚構だ。自分の知らないものが登場することはあり得ない。単純にその材料がないのだ。だがここは知らないものでありふれている。まるで、男こそが異常であると訴えるように。
しばらく歩くと、清らかな小川にたどり着いた。水しぶきを見て喉が渇いていたことを思い出した。気付けば駆け足で川の前に跪き、両手で器を作って何杯か飲み干した。口内の不快感をすすいで、顔の洗って、それで落ち着いたとき、確信した。
「こいつ、俺じゃない。誰だ?」
端正な顔立ちの、西洋人。濃い茶髪が額に掛かった無造作な髪型で、少し実年齢より幼く感じられるだろう。衣服もまた特殊だった。どこかで見たような、しかし見たのはこれが初めてと断言できるデザインの長いティーシャツ。その上に纏っている分厚いベスト。材質は推測するに、金属繊維。ズボンにはあまり特徴はなかったが、腰と足にはベルトを巻いていた。そのベルトで固定していたのは剣の鞘。このようなスタイルの衣装は知りうる限りどこの民族の兵士にも当てはまらない。中世ヨーロッパのような世界であり、それともどこか違う。知らない街で親とはぐれた子供のころの記憶を思い出しながら、男は柄にもなく心細さを感じていた。
長く男は一人だった。啖呵を切って上京したものの、大学には結局受からなかった。二年間の浪人もむなしく、遂には諦めてしまった。もう自分はそんな歳じゃないと。その癖意地だけは張っていたので実家には帰れず、かといってまともな仕事もなく、アルバイトで日々をつなぎながら生きていた。古い友人たちとは遠く離れて疎遠になり、新たな友人はなかなかできない。成功者とはいいがたいが順当に人生の階層を登っている周りと、無意識に肩を並べたくないと思っている。だから一人でいた。心の底から一人でいいと思った。知り合いを避けて生きていた。そればかりか、知り合うことすら避けていた。一人でできるバイト、一人でできる娯楽、一人飯、何もかも一人で完結することだけを至上とした。
・・・そんな自分が、今は
誰かに逢いたい。
自分で自分に驚いていた。夢か、ゲームか、はたまたここは異星か。外見さえもここまで変わってしまったというのに、変わらず自分は恥ずべき敗者のようだ。なのにも関わらず、心細い。挨拶でも会釈でもいいから、通り過ぎるだけでいいから”人間”が見たい。本気でそう思った。
男は駆けだした。何故駆けたのかは説明できない。下流を目指したのは僅かな理性の残りかすがそうさせたのだろう。息が切れた。何度かつまずいた。胸の鈍痛が熱を帯びる。それでもなぜか体は動いた。この先に何かがあるのだと知っているかのように。
「あれは、」
木々の先に見えたのは、白煙。
雲でないことは一目で理解できた。煙とは、つまり炎。誰かが焚火をしている。村落か街か、誰かのテントでもいい。逢いたいと思った。飢えていた。渇いていた。
木々と背が高い草をかき分け、その先に顔を出す。
息を整え髪を癖にそって手ぐしでとかし、にやけそうな口角を真顔に修正する。
「あの、」
声を掛けたかった。しかし、それは叶わなかった。そこから先は崖だった。そして崖の先は、火の海だった。かわいらしい草ぶき屋根の小屋達は勢いよく燃え上がり、人々のうめき声や叫び声が届いてくる。その阿鼻叫喚に交じって、笑い声や猛獣の咆哮も聞こえた。
説明できないが、とても悲しい気持ちになった。何かを徹底的に台無しにされたような。あと少しで思い出せそうな感覚。
いてもたってもいられなかった。何とかしなくちゃと思った。関係ないはずなのに、自分のことのように怒りがわいた。
何度目だろう、気付いたらまた駆けだしていた。
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