第13話【エピローグ】


「短い間でしたけど、ありがとうございましたっ!!!」




そこには、深々と頭を下げながらしっかりと言葉を発する、しっかり者の音奈の姿があった。

そして隣りには、号泣しながら鼻水やら涎やらでグショグショの顔をした、しっかりしてない愚妹の姿もあった…




「えっぐっ…えっぐっ…ズズズッ!!!

 ボンドウにいっぢゃうんでずが?

 ずっどごごにいてもいいとミグは思うのでずよっ!

 ねぇお兄ぢゃんっ!!!」


「バカかっ!

 いくら実験内容と使用された能力概要が分かったからって、

 完全に治ったわけじゃないんだぞ。

 経過確認も必要だし、数日でもうちに居たことのほうが異例なんだ…諦めろ。」


「ぅうう”う”う”っ!!!

 お兄ちゃん酷いですっ!

 冷たいですっ!!

 最低ですっ!!!

 でもっ!そんなお兄ちゃんが大好きなのですっ!!!!!」




ワーッ!!!と泣きじゃくるミク…かなり面倒くさい状態になっている。

「はぁ~」と溜め息をつきながら、どう収拾させるか考えていると、

そんな荒くれ状態のミクに、音奈はスッと近付くとギュ~と強く抱き締めた。




「そんな風に言ったらダメだよっ。

 ミクちゃんのお兄さんは、確かにちょっとぶっきら棒で不器用だけど、優しくて頭が良くてカッコ良くて…

 私と兄二の為に一生懸命犯人を探してくれる……私の兄二の最高の親友なんですからっ!」


「う”う”ぅ”ぅ”っ!そうなのでずよ!!

 お兄ぢゃんばさいごうなのでずよっ!!!」




なぜか話がぶっ飛んだ上に、俺にとって気恥ずかしい内容になってきた為、頭を掻きながら一つ咳き込みを入れ改める。




「しかし、本当に大丈夫か?

 一応脳内に流れる電気信号の調整は機関を通してある程度正常に戻っているとは思うが、一応大きな実験の被験者だ。

 狙われてもおかしくない。

 付近一帯はこないだの研究を取りしきっていた責任者の”自殺”で警戒体勢だし、

 その体勢もC級クエスト並と言われているから安心だとは思うが…」


「ありがとうございます!

 でも本当に大丈夫です、これくらいは一人で行けないと…

 それに施設まで連れてってもらったら、

 また別れが辛くなってしまいますし、

 いつまでも甘えてたら兄二に笑われてしまいますから…」




そう言うとミクの頭をポンポンッと優しく撫でた後、

荷物を抱え「んっしょっ!」と赤いリュックを背負う。




「それでは、またお会いしましょうっ!

 完治して出てきたらまたご挨拶に伺います。」


「あぁ、その時は茶くらい出してやる」


「はいなのです!またでなのすっ!!お泊りくるのですっっ!!!」




そうして音奈はゆっくりと歩き出す。

ミクも互いが見えなくなるまで手を振り続けていた。


音奈が視界から消えしばらく、ミクと二人空を見上げる。




「……ミクがもっと強ければ、奏也お兄さんは死なずに済んだんですかね?

 音奈は辛い思い…しなくてすんだんですかね?

 希も守れて……シロちゃんを救えて……ハッピーエンドを迎えていたんですかね?」


「……さあな。

 強ければ全てを守れるわけでも、全てを救えるわけでもない。

 ただ弱いままなら何も守れないし何も救えない

 それだけのことなんじゃないか?」


「………そうですねっ!」




横目に見るミクの瞳は少し滲んで見えたが、すぐに腕で拭われてしまう。

それは音奈が去って行く寂しさからか、希を救えなかった悔しさからか…俺には分からない。

ただ、その後のミクの表情には曇りのない決意にも似た何かが宿っていた。




「じゃあ行きましょうです!

 今日のミクはやる気満々なのですよっ!!

 いつもの5倍は頑張っちゃいますです♪」


「そうか頑張れっ!俺は疲れたから帰って寝る」




そして家に戻る俺の後ろで、ミクの叫び声が大きく木霊していた。

それは誰にも気付かれないほど小さく笑みを浮かべた後、スッと空を見上げる




「終わったから…まあ、ゆっくり眠れや……奏也っ……」











※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 











そんなミクの叫びを背に聞き、クスクスと笑みを浮かべながら目的地であるユースカリナ大病院へと歩を進める。

今回の事件で、アスフォード帝都大研究所地下より隠された大規模の人体実験室が発見された。

それにより、公的機関による調査のメスが入り、それに伴いアルテナ病院もその対象となってしまった。

ユースカリナはアスフォードより距離は離れるが、脳専門機関であり施設の設備も充実しているだけでなく、世界が管理する全種族応対可能施設の為、

24時間体制で十数名のスキルホルダーが常時警備を行っている最大規模の病院の一つである。


ふと立ち止まり振り返ればそこにはもう、ミライとミクの姿はない。

思い出を語るには、日が浅すぎるかもしれないけれど…それでもこの一か月、色々なことがあった。

思い返せば辛い記憶ばかりで心がズキズキと痛むのを感じた。

求め続けた最愛の兄を死に追いやってしまった…

ショックから声を失い、襲われ、捕まり、殺されそうになり…

今思い出しても身体が震え、寒気がし、鳥肌が立つ。

一歩どころか間違いなく幾度となく殺されていたであろう状況に置かれ、

その度にミクちゃんやクローさん、他にも色々な人達に助けられてきた。

そして何より、兄の友人であり、アンダーホルダーと蔑まれているとは思えない身体能力と

12歳とは思えない知識や思考速度で私をあの暗闇から救い出してくれた存在…”支王ミライ”

彼のことを思い出すと一気に顔が火照り、熱が上がるのを感じる。

こんなことを考えている今も真っ赤に染まる顔を両手で押さえ、アウアウと首を左右に振り回していた。

そんな考えを巡らせているとスッと先程までとはうって変わり、顔が青ざめていく。

考えないようにしていた。

果たして…


果たして”彼等のいない地で、私は暮らしていけるのだろうか”


その考えがよぎった瞬間、一瞬で頭の隅々までもがその思考に支配される。

体中が震え、立っていることすらままならず、その場に座り込んでしまった。

【能力の暴走】

研究責任者でありテロ集団【紅4団:紫電】所属…浮世絵 源十郎が自害して数日。

その間でミライは能力の調整を行っていた。

実際それがどのようなものなのか、受けた本人である自分自身ですら良く分からなかったけれど、

なぜかその日から、電気信号の調整で、少しづつ感情の波で勝手に発動していた能力は影を潜めるようになり、

三日目には、ほぼ完全にその力をコントロールできるようになっていた。

専門機関にも足を運んだが、間違いなくミライの功績が大きいことは疑いようがなかった。


でも、それでも絶対に大丈夫だとは言い切れない。

知らず知らずのうちに人を傷付けてしまうかもしれない。

そんな風に考え出すと勝手に身体が震えだした。

今までは自分の力を制御してくれるミライさんとその力の影響を受けないミクちゃんが傍にいてくれた。

でも、これから向かう先では果たして私を受け止めてくれるのだろうか…私を助けてくれるのだろうか…

彼等のいない土地や街で、果たして生活していくことができるのであろうか?

考え出すとキリがなくなっていき、その場に蹲ってしまった。

『胃がキリキリして痛い…苦しい…』


まだ間に合う…


今から戻って事情を話せば、またしばらくでも一緒に彼等なら居てくれるかもしれない。

ミクちゃんは喜んで受け入れてくれるかもしれないし、

なんやかんやでミライさんも頭を抑えながら「仕方ないな…」と受け止めてくれると思える。

そんな優しさに甘えてしまうのも、有りなのではないか考え出してしまっていた。

呆然と立ち尽くすその背中から背負うリュックがズルリと落ちた時…




『…あっ…ああっ!こ…んできてっか…?』


「っ!!!」




突如聞こえたそれは聞き覚えのある…忘れられない、忘れられるわけのない声が、背負うリュックの中から聴こえてきた。

急ぎリュックを下ろし、開けて中を覗き込むと、そこには小さな腕時計がリュックの中で映像を映し出していた。

それは誕生日に兄二がプレゼントしてくれた腕時計。

録音機能以外のもう一つの機能、ホログラフィーメモリー。

録音だけではなく、メモリーを差し込めば映像も録画することができると自慢気に話していた。




「っ!…これは……でも…なんで……?」




連れて行かれる時に落としてしまった大事な時計。

兄二との再会の時に、壊れてしまったはずだった…

私が兄二を傷付けた時を思い出すのが辛く、捨ててしまったはずだった…

それがなんでここに…

そんなことを考え混乱している私を置き去りに映像と共に懐かしくも愛おしい人の言葉は続いた。




『あっ…ああっ!

 これ、録画?録音?…できてっかな?

 あ~んんっ!

 ……音奈っ!元気してっか?

 俺は元気に……してないんだろうなっ…

 お前がこれを聞いているってことは…


 これを聞いているのなら、俺はもうこの世にはいないんだと思う。

 お前達を拐った奴らが何もなく、お前達を帰すとは到底思えない。

 捕らえられた人々の突然の解放、その解放先の指定場所諸々、明らかに罠だと分かる。

 そんな分かりやすい罠なのに、それを仕掛けてくるということは、

 俺達が想像できない…というより罠と分かっていても引っかかる確実な何かなんだと思う。

 俺はその分かりきった罠に引っかかった、無様な一人になっちまったんだろうな。

 ……本当にごめんなっ、傍にいてやれなくて!

 二年前のあの時も…

 これからも…

 もう、お前に触れてやることもできないのが悔やまれる。

 それでも音奈、お前が生きてこの映像を見ていてくれているなら、

 未来の俺に後悔はなかったんだと自信を持って言える。

 こんな、お前に寂しい想いをさせるどうしようもない兄を許してくれ。


 そんな俺だが、ある一つの置き土産をおいていく。

 このメッセージを聞いたら、これを持って【仙人の床宿(フォレストガーデン)】に住む支王ミライを訪ねてくれ。

 アイツはなんて言うのかな……

 接近戦術と頭の良さ以外至って普通の…能力がモノを言う学園じゃあ最低能力者の落ちこぼれだけど…

 それでも、アイツに任せればどんなことでも何とかしてくれる…そんな安心感のある奴なんだ。

 アイツを頼れば必ずなんとかしてくれる。


 …ミライ…お前は俺にとって掛けがえのない親友だ。

 そんなお前に、最後の最後まで頼り切ってしまう自分が情けなくて仕方ない…

 でも…

 それでも…

 音奈のこと頼む。

 ミクちゃんに負けず劣らずの最高に可愛い最高の妹だから…

 だからっ…

 お前に全て預ける…………




 あ~~~!らしくない話したわっ!

 あれだ!まだ時間あんだろ?歌うわっ!

 何がいい?

 十八番か?俺の十八番聴くか?』









「あぐっ…あっ……あぁぁぁあああ…」




どこから流したのかBGMに合わせて音痴な……なのに懐かしい歌声が静かな遊歩道に響き渡る。


両手で顔を覆う。

溢れくる涙が止まることがなかった。

会ってたった数日だった。

でも自分が辛い時、悲しい時、寂しくて挫けそうな時…

声を掛けてくれた。

守ってくれた。

傍にいてくれた…

今は涙で前も見えない、泣きじゃくる姿に心配させてしまうかもしれない…

でも絶対に会いにいこう

いつか「私はもう大丈夫!」だと自信を持って言える自分になって…

私を立ち上がらせてくれた二人の為に…




「えっぐっ…ありがとぅ…兄二……

 …っありがとう…ミライさんっ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る