第2話:勇者の子供

界歴0293年



「わぁぁぁあああっ!!!………わふんっ!!!」


「おわっ…」



後ろから走り寄ってくる音に反応し、

振り返った直後、両足に突撃され、グラつく。

視線を足元にやると、長い黒髪の頭のてっぺんだけが目に映る。

まあ実際、そんなことをしなくても見ずともに分かる。

こんなことをする奴は世界でただ一人…



「ミク、またお前か…」


「お兄ちゃんっ!遊んでほしいですよっ♪」


「やだね、一人で遊ぶか友達の所にでも行けっ!」



そう言い足を思い切り振り、ミクを突き放した。

ふわっと宙に浮いた状態になるものの、無傷のままうまく地面に着地する。

普通の6歳児ならバランスを崩して転ぶ…

どころか、まず着地もままならず地面に叩き付けられ、泣き喚いているような場面なのだろうが、

後に語ることになるであろう彼女の類い稀なる天賦の才と彼女に流れる『血』がそれを許しはしなかった。



「お兄ちゃんはいつもミクと遊んでくれないですけど、

ミクのこと嫌いなのですか?」


「嫌いに決まってるだろ!とっとと他に行けっ!」



シッシッと手で追い払う仕草をし冷たくつっぱね、ミクに背を向ける。

後ろでは「そうですか…」と、トーンの下がったミクの声が聞こえた。

まだ6歳の子供からしたらショックな一言に他ならないのだろうと我ながら思う。

でも、それでもこうでも言わないと…



「ミクはお兄ちゃんのこと大好きなのです!

 だから明日は遊んで下さいです♪」



そう俺に言い残しワアァァーーーと走り去ってしまった。

そうだ……

ハッキリ言っても意味はないのだ。

いつもいつも…ミクは毎日のように俺の所に来ては追い返され、そして懲りずにまた来ては追い返され…

何を期待して俺の所に来るのか…

フゥッとため息を一つついた後で空を見上げる。


ここは木々が生い茂り、いくつもの湖と山々に囲まれた自然の空間。

王下町とは離れた大自然の森、通称【森人の床宿(フォレストガーデン)】。

その一つの湖の真ん中に位置する小島にログハウスをかまえ、俺[支王ミライ]と妹[支王ミク]は二人で暮している。


今は夕暮れ時、学園小学1年であるミクも小学6年である俺も学園は終わり、俺は夕飯の調達へと出ていたのだ。

辺りを見渡せば、食べられる薬草やキノコ、樹木には果物もなっている。

まぁ、これだけの食べられる物があればしばらく食には困らないだろう!と肩にかけたリュックサックをおろし、一つ一つ丁寧に入れていく。

二人で暮らすようになった当初は大変だった。

初めてこの場に到着した時には冬場の何もない時期で、冬眠中の動物を寝込みよろしく襲っていたものだ。

あの時は生きるのに必死だったため、心に余裕もなかったが、ここにきて3・4年…

さすがに生活のイロハは身についたものだ。

などと考えながら採取を終えようとした矢先…


ズドォォーーーーーーーーン!!!!!!


と地響きが鳴り、森の鳥達が一斉に飛び立っていった。



「なんだ一体?」



即座に戦闘態勢に入る。

緊張で血の気が引きながらも全身の血流が早まる矛盾感。

野獣・猛獣系ならこの辺りの種類は把握している。

ただ、これほどの存在感、威圧感となると…



「どさくさに紛れ込んだ巨獣型か…あるいはまさか、龍族じゃないよな…」



耳を澄ませると、少しずつ足音がこちらへと近づいてくる。

短剣を構え襲撃に備える。

ガサガサッと草木が揺れ、バッと飛び出してきた”それ”は…



「おわっっしっ!!!

 あっ…お兄ちゃんっ!!!

 あうあう…見てくださいっ、おいしいご飯、捕まえてきましたですっ♪」



とハシャギながら近づいて来るミクだった。

その姿に唖然とする。

急な登場に驚いた…わけではなく彼女の背には彼女の何十倍にもあたるであろうイノシシが背負われていた。



「学園の友達が怖くて森に近付けない!って困ってたのです。

 聞いたら退治したら好きにしていいよって先生が言ってたのですよ。

 今日はお肉パーチーなのですよ♪」



正直声が出ない、開いた口が閉じない。

見る限りそのイノシシは『ファングキング』。

野獣種で獰猛…付近を荒らす荒くれ者として有名で”力”を持つ大人や他種族ならまだしも、ノーマルの人族が倒せるような魔物ではない。

それを人族の……

6歳の子供が……



「勇者の子供……か」



スキップでも始めそうなテンションで、ルンルン気分で前を歩く彼女を見ながら呟く。

いずれ来る”覚醒”を前にしてこの力。

もはや疑いようもない

彼女こそが次代の勇者になりうる存在

俺には無い全てを持つ者

支王の名を継ぐ最強の勇者の娘なのだと……

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