【悲報】AIに頼りすぎた医師の末路
木沢 真流
AIで何でも解決!
医学の進歩は目覚ましい。
昔は聴診器一つで見えもしない心臓の穴を診断していたという。それが超音波検査が出現し、心臓の動き、血液の流れを見ることができ、CT検査では体の中を丸々覗けるようになった。
検査キットも進歩した。コロナウイルスの抗原検査で知名度が上がったように、今や鼻をこちょこちょやるだけで、そこにいるウイルスがものの数分でわかるようになった。
オールインワン診療が初めて謳われたのは2026年、とある郊外の中核病院だった。患者が来院し、問診内容をタブレット端末に打ち込む。そして鼻に棒をつっこまれ、唾液を採取される。すると、ありとあらゆるウイルス抗原のある、なし、を見つけ出し、唾液から体の異常を察知する。問診内容と検査結果をAIが判断し、疑われる病気をパーセント付きで表示する。医師の元に患者を見る前から、急性上気道炎86%、マイコプラズマ肺炎8%、慢性肺疾患3%、過敏性肺炎0.5%、というデータが送られ、それを見てから医師が診察を開始する。
これにより、医師の負担は激減し、さらに医師による診断の見落としも減った。これはいい、と医師達は次々と飛びついた。
やがて中にはこのような病院も出現した。
「吉田さん、23番へどうぞ」
呼んだのは医師ではない。事務員だ。呼ばれた吉田さんは23番と書かれた部屋に入る。
「はい」
「吉田様。オールイン診療の結果、軽い肺炎と診断されました。医師による診察を希望されますか?」
オールイン診療の精度が上がり、医師が診察しても結局やることが同じということが多くなった。これから30分、1時間待って結果が同じなら、AIの結果に従う、というものだ。
「え? 診察も受けてないですけど」
「はい。もちろん診察希望があれば受けることはできます。ただ待ち時間は1時間となります」
吉田さんは時計を見上げた。熱もあり、少し息苦しい。すぐ薬をもらって帰れるならそれのほうがいい気もした。
「AIなんて……信じていいんですかね」
「はい、医師に確認したところ、診断確率92%ですので、その通りで構わないとのことでした」
そうですか、と言って吉田さんは診察を受けずに、薬をもらう選択をした。
このような症例が増えてくると、今度は病院ではなく、「サテライトメディカルセンター」なるものが出現した。これは検査キットとAIのみが設置され、医師がいない建物である。ここで完結するものはそこで完結し、医師による診察希望、もしくは必要があれば病院へ案内される、というものだ。これは特に地方では喜ばれ、離島などでは医師がいないこともあり、適切な患者をより早く適切な施設へ送ることが可能になった。
これらにより医師不足は特に地方で改善されることになった。
ただ目に見えないところで、足元の地盤は徐々に崩れ始め、破滅の一途をたどり始めた者たちがいる。
医師達である。
その気軽さに飛びつき、取り返しのつかない未来が迫っていることに気づかないまま、時代は流れる。
ここからの話は、そんな流れに翻弄された1人の医師の物語である。
「鬼怒川先生、AIの結果でました〜」
医師、鬼怒川 慶は看護師から渡されたAI結果を受け取った。そして最上位にある疾患名の「気管支喘息」が93%であることを確認した、まだ患者は見ていない。
「へえ、もうこれ間違い無いじゃん。患者さん診察希望したの?」
「はい、どうもAIだけだと心配みたいで」
93%なのになぁ、と呟いて鬼怒川は患者を診察室に入れた。患者である水田はぺこぺこしながら診察室に入ってきた。
「よろしくお願いします」
「水田さん、AIで93%ってかなり高い数字ですよ? ほぼ間違いないです。大丈夫です、絶対気管支喘息ですから」
「はあ、そうですか。お医者さんが言うならそうなんでしょうな、診察とかしなくていいんでしょうか」
「してもいいですけど、この93%を覆すのはよっぽどのことがあるときだけですよ。ご希望があれば聴診くらいしますけど」
「いやいや、そこまでおっしゃるならわかりました。ありがとうございます」
頭を下げて水田は診察室を出た。
次の患者は崎原 元太という名だった。
「看護師さーん、AI結果まだ〜?」
「すみません、ちょっと時間かかってるみたいで」
仕方ない、先に診察するか、と鬼怒川は崎原を診察室に入れた。
問診と、一通り診察をし、気管支喘息と診断した。
「崎原さん、気管支喘息でいいと思いますが、一応AIの結果を待ってもらえますか?」
「急いどるんやけど、待った方がいいんか?」
「はい、ほぼ間違いないと思いますが、念の為ということもありますので」
「先生が言っとるんやから、気管支喘息でええやろ。そんなに偉いんか? AIって」
ちょうどその時AIの結果が届いた。
診断の上位はニューモシスチス肺炎82%だった。
慌てて問診をし直し、詳しい検査をすると、注意が必要な肺炎であるニューモシスチス肺炎であることがわかった。
——危なかった、やっぱりAIは優秀だな——
改めて鬼怒川はAIの重要性に気づいた。
その日の外来業務が終わり、ふうと息をついていると
「鬼怒川せんせー」
鬼怒川の後ろから看護師の声がかかった。
「ん?」
「今日から新しいAIが導入されたって聞きました?」
「もっと進化するの?」
「進化っていうか、融合? 顔認証AIで有名になったFace AIと医療システムを合併させるらしいです。もううちの病院でも試験的に導入されてるらしいですよ」
「ああ、Face AIって、監視カメラから見た顔認証と行動の特徴からその人がこれから犯罪を起こそうとしているとか、何か買おうとしているとか、色々わかるやつだろ?」
「そうです、人の行動の予測、さらに医療分野の情報も集めると、今の状況でどんな治療、検査やったらいいかとかAIが教えてくれるみたいですよ、もう私たち何も考えなくてよくなりますね」
鬼怒川は辺りに誰もいないことを確認すると、そっと看護師に寄り添った。
「じゃあ、僕らがこれから何をしようかもばれちゃうね」
「もういやだ、先生ったら。奥さんに気づかれたらどうするの?」
「大丈夫だよ、うちの奥さん、そういうの鈍臭いから」
「いつかバレたら殺されますよ」
鬼怒川は顔色が悪くなった。
「先生どうしたんですか?」
「いや、妻に殺されることはないと思うんだけど、最近誰かにつけられている気がするんだよね」
そうなんですか、と看護師が答えると、突然鬼怒川の持っていたPHSが鳴った。
「はい、306号室の依田さんが急変?」
依田は鬼怒川が主治医の患者だった。肺炎の診断で入院したが、まだ35歳と若く、急変など考えられなかった。
「すぐ行く、AI診断の準備しといて」
鬼怒川は走って306号室へ向かった。
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