もしかして、師走ですか?私です。初めまして、あなたは。

押田桧凪

第1話

「もしかして、師走ですか? 私です。サンタクロースです」


 もうこの時期か、と思い巡らせながら私は目の前の男に向き直る。私に用があって人が訪ねてくるのはたいてい一年で十二月だけだ。久しぶりに本業の時期がやって来た。


「そうですね、もう師走です」


 相手は私を認知しているのだろうが、こっちは当然知らない。


「初めまして、あなたは」


「ああっとご紹介遅れました。期間外労働基準監督署のかなえと申します」


 丁寧に腰を折りたたみ、名刺を差し出す。ま、どうぞ外は寒いですからと社交辞令ながら、私は彼を居間に通すはめになった訳だが、話はすでになんとなく見えている。


 テーブルに着くと、それ普段着なんですね、と笑いながらココアの入ったマグカップの表面をさするように鼎は暖を取った。ええまあと曖昧に相槌を打つ。サンタクロースを馬鹿にしているのだろうか、これはコスプレなんかじゃない。社会人でいうところのスーツだ。


「それで、本題に入るのですが。今回は労使関係トラブルということで……」


「分かってます。だけど、私はもうあいつとは仕事できないんで」


 先回りするように私は断固としてNOを主張するつもりだった。怠け者で気分屋なトナカイ。たぶん人間でいうところのB型……というと失礼にあたるかもしれないが、オズベルは全く仕事に精を出さない奴だったし、基本2年契約でサンタクロースとのマッチングが行われるが、私は早く役を降りたかった。去年の十二月にそれを十分に思い知ったし、オーストラリアの配送ではほぼUberかっていうくらい人力頼みだった苦い思い出がある。


「でも、契約は破棄したはずですよね?」


「……だったんですが、少々厄介なことになりまして。トナカイ側が訴訟を起こすらしいです」


「は??」


 動物愛護団体による働きかけによって昨年、民法が改正され、動物に法人格が認められた。これにより飼い主の死後、財産をペットに承継させることは勿論、これまで「もの」として扱われ、払われることの無かった事故死したペットへの慰謝料の請求が可能になった。加えて、人間によって使役される動物への「給与」──適切な対価として、働きに見合った報奨を与えることが要求されるようになった。


「え、でも権利の帰属主体って飼い主じゃ」


「トナカイの飼い主である伊澤琉星氏はお亡くなりになりました。同時に、他殺の疑いがあることから重要参考人としてあなたが……」


「あっ、これ完全にはめられたわ」

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