魔法“少女”の終末
霧谷 朱薇
Ⅰ 哲学の魔法少女
白、白、白。
天上、壁、床、そのどれも白い此処は、兵器開発と実験施設とを兼ねた研究所だ。
物心がついたときには、ワタシは此処で来る日も来る日も薬を投与され、膨大な数の本を読まされて今日まで育った。
しかし、此処での生活も今日で終わりのようだ。
「被検体××××番」
ワタシを呼ぶ、抑揚のない声。
此処の研究者に与えられた本から視線を外して顔を上げると、目の前で灰色の髪の見知らぬ男性が立ち、ワタシを見下ろしていた。
「明朝より、貴様には国王の補佐役として各国の要人との会談に出席し、我が国にとって有利になるよう事を運べ。良いな?」
「了解しました」
素直に頷くワタシに気を良くしたらしい。
男性は僅かに口角を上げて「そういえば」と続けた。
「貴様には名前がないそうだな」
名前。嗚呼、個体を識別するためのモノだろうか。
ワタシに与えられた数字の羅列もまた識別する役割を持っているため、ワタシは否定の意を込め首を横に振る。
「いいえ、ワタシの名前は××××番です。先程アナタがワタシをそうお呼びになったではありませんか」
「それはあくまでも番号で、名前ではない。……メーティス、これからはそう名乗るが良い」
メーティスとは、ギリシア神話に登場する知性の女神の名のはず。
「この世のあらゆる知識や言語を喰らった哲学兵器……否、神童に似合いの名であろう?」
男性はどこか愉快そうに笑って、ワタシの手を引いた。
◆◆
ここロンディヴィル王国の王は戦争を好まない。
それ故に、言語による平和的交渉や問題解決を理想とし、それを形にする人材……いいえ、兵器を作るための研究所を数十年前、政府の重鎮たちは秘密裏に設立した。
平和を謳う王は全く研究所内のことを把握しようとせず、それを良い事に研究者たちは奴隷商人から各国の孤児を買い取り、非人道的な人体実験を繰り返した。
その結果、多くの子ども達は実験に身体が耐えられず死に、偶然にもワタシだけが生き残りこの国の兵器に選ばれた。
最初は本当に、ワタシの言葉を用いて他国と駆け引きをし、最終的に此方が有利になるよう話をまとめるだけだった。なのに。
「今日は隣国を攻め滅ぼす」
研究所を出て七年ほど月日が経ったある日、何者かによって王は暗殺され、その一人息子の王子が王の座を継承してからというもの、彼は昼夜問わずワタシを戦場に送り込み、軍師の真似事をさせた。
それだけではない。
不運なことに、ワタシには魔力と呼ばれる力を燃料とし魔術に変換する能力も持っていたため、
「兵器らしく、その力を奮って来い」
このような王命を、もう何十回と受けた。
ワタシも一応は人の身なので、敵の銃口から放たれる魔弾が当たれば言葉では言い表せない痛みを感じるし、刃物で切り付けられれば自然と涙が溢れる。
しかし、日に日にワタシの心は消耗し、やがて感情の全てが、思考が麻痺してしまっていた。
そしてワタシは、ただの兵器に成り下がったのだ。
◆◆
ロンディヴィル王国の隣、リランスビア国ルベ戦線。
「ワタシとしたことが……己の不甲斐無さに腹が立つ。……ん?」
敵の罠に掛かり、捕らえられてしまったため救助を待っていたワタシは、味方の軍の頭上に突如現れたアレを視認すると目を見開いた。
白亜の翼、頭上に浮かぶ紅い茨の輪、右足首の黒い足枷。
アレは、そう、ワタシの記憶が正しければ。
「古代兵器、トリルビィ……」
間違いない。
だけどアレは創世神話に登場する、所謂空想の産物であって……現存していたなんてどの本にも書いていなかった。
「トリルビィ、起動。殲滅対象、リランスベアの兵士及び……哲学兵器、メーティス」
「……え?」
今、アレは何と言った?
「あんなに戦って、貢献したのに。何故?」
嫌な汗が額を伝う。
……怖い。怖い、怖い、怖い怖いやだやだどうして!
麻痺していた心がじわじわと感覚を取り戻し、悲鳴を上げる。
「やだ、やだやだ死にたくない怖い嗚呼憎い憎い恨めしい殺してやりたいッ!」
堰を切ったように感情の洪水が口から吐き出されていく。
まだ、ワタシにも人らしさは残っていたのね、なんて冷静なワタシが脳内で苦笑した、そんな気がした。
気がしただけで、冷静なワタシなんてどこにもいなかったのかもしれない。
「お願い、ワタシを……私を殺さないでぇ!」
────敵の手に落ちたメーティスの物語は、裏切られて、終幕。
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