火炎瓶

@hitokamo429

完結

 私はついぞ自らを火炎瓶だと思う。どろどろとしたどす黒い可燃性の液体を、抱えたガラスの入れ物、それが私、下手をすれば人間の末路なのかもしれない。

 ガラスでできているのだ、少しの衝撃でひびが入り、その中身は応酬とばかりに、燃え上がり、罵詈雑言を浴びせる。人とはさびしさが原因で怒る、いいや、燃え上がるのだろう。しばらく前から毎日のように、燃え上がっていたと思う。人間の頭の中身は、燃えれば燃えるほどなくなるもので、寂しさの始まりが、いつであったか、だいぶん前は優しかったなどという孫の話も、知らぬ女の墓参りになど行けと、どやす息子の燃ゆる思いの原因など、てんで思い出すことはなかった。

 「あんたはどうしてそうなんだ!!!」

そのことはと共に向けられた、軽蔑の眼差しがこそ物語る、あの時は良かった。世への憤りを、その炎を、学徒であった私は、行動に移せた。仲間がいた、今はいない燃え上がる永遠の学徒たちが、共になしたことは、社会に反していたが、そこに後悔はなかった。ただ、今は忘れた原因、あの女に何かをされたのだ。そうだ、俺は間違えたのだ。あれは愛などという想いなんかに、支配された裏切りの、生ぬるい生活だったのだ。あの言葉が、俺を燃え上がる革命の意思を、思い出させてくれたのだ。あの学徒の魂がこそ殉じ、すべてを燃え上がらせるのだ。大丈夫、私は俺は解放されたのだから。

 もっと俺は燃え上がれる。この世は、社会は、人間は、不義理、不合理、不平等に満ちている。誰かが倒さなければならぬのだ。傲慢たる支配者、皆が自覚しないそのすべてを燃やし清算するのだ。それこそが俺たち高潔な魂を救うのだから。

 それは夏の終わり、ある老人の解放は、死んだ者にこそ向けられ、生きる者への配慮など、はなからなかった。多くの政治家、高名な教育者、悪徳な経営者、彼が燃やし尽くした者に、善人はいなかった。世は善転し、彼は象徴とされた。自覚すらなかった傷は、それより漏れ出る憎しみの可燃物は、多くの炎となって、世に姿を現した彼らの象徴は、言葉であっても、行動であっても、そのすべては燃え盛り、自らをも砕けさせた。ただ、名も知らねものを呼称するはただ一つの名を叫ぶ。

 ただ、「火炎瓶」と。

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