第七話 侵入者、現る!

 正体不明のだれかがこの部屋にいるかもしれない。それも真っ暗な状態の中で。

 そう考えるとじっとしていられない。


 ワタルの住居は仕事用に防音を施した部屋もある特別仕様だ。

 加えて部屋の数も多いので、侵入者は簡単に隠れることができる。


 沙樹は身を堅くし、スマートフォンの音楽を止め、全神経を耳に集中した。

 窓を叩きつける雨音が静かになった部屋に響き、部屋の物音をすべてかき消す。


 なんだろう。

 わからない。でも確実に誰かがいる。


 どこかで不気味な笑みを口元に浮かべ、こちらを見ている。

 耳をすまして、神経を集中させて……探る。


 まちがいない。何かの気配がする。


 それは闇の中で、じっと沙樹が怯える姿をうかがっている。

 一挙手一投足を舌なめずりしながら見ている……。


(き、気のせいよ。絶対に考えすぎ。さっき仕事部屋でも何もなかったでしょ。でも……)


 沙樹は首を左右にふって妄想を追い出す。

 そして決心を固め、懐中電灯を手にしてすくと立ち上がった。


 真っ先に玄関が施錠されていることを確認し、すべての窓が二重ロックで守られていることを一度確認した。

「ほら、ちゃんと鍵がかかってるでしょ。こんな部屋に忍び込める人なんているはずないってば」


 沙樹はそう言い聞かせることで自分の心を落ち着かせ、リビングに戻った。

 外の暴風雨に比べたら、オートロックで入口が守られているマンションの部屋はどこよりも遥かに安全だ。

 フゥとためいきをつきながら窓にもたれた、そのとき。


 窓のすぐそばで、何かがぶつかる音がした。

「きゃあっ!」


 沙樹はとっさに悲鳴を上げて、両手で頭を覆い、その場にへたり込む。


 心臓の鼓動が急激に高鳴り、耳について離れない。全身から汗が吹き出しそうだ。

 物音がしたのはベランダあたりだった。だが心配することはない。鍵がかかっていることは、今確認したばかりだ。


(でも……もし、窓ガラスを割られたら?)


 防犯ガラスが安全と言い切れるだろうか。世の中に絶対といわれるものはない。侵入者のやり方次第で部屋に入ることは可能だ。

 もしもそんな事態になったら、激しい雨と風の中で、ガラスの割れる音や沙樹の悲鳴はとなりの住人に届くだろうか?


(そうなったら、あたしはどうなるの?)

 恐怖に心が支配されても音の正体を確かめたい。柳の下の幽霊を怖がるのはごめんだ。

 沙樹はおそるおそる窓に近づき、ベランダに懐中電灯の光をあてた。


「あ……」

 ガラガラと音をたてて、バケツが転がっていた。ワタルが片付け忘れた物のようだ。

「なーんだ、よかった」


 沙樹は一気に肩の力がぬけ、安堵のため息を漏らした。

 第一、高層マンション最上階の部屋のベランダに、人が簡単に忍び込めるはずもない。

 大型台風の夜にそこまでするには危険すぎる。沙樹は、神経質になっている自分がばかばかしくなった。


「さて。電気がつくまでスマホで音楽でも聴いてようかな」

 もう一度鍵を確認し、沙樹はベランダのカーテンを閉める。そのとき唐突に部屋の明りがついた。


「ああ、よかった」

 これで妙な不安におそわれることもない。安心して沙樹はふりかえった。

 が、そこには……。


(……え?)


 目の前の光景に、沙樹の動きがとまった。と、同時に、


「きゃあー!」


 ひとりの部屋に沙樹の悲鳴が響いた。

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