第17話
この彼女への愛も有限なのだろうか。
きっとそうなのであろう。
永遠ではない。
だが、例え永遠で無くても、今彼女を愛している気持ちに嘘偽りは無い。
それに関しては永遠に変わる事はないだろう。
例え将来違う道を歩むことになったとしても。
雪は静かに舞い降りていた。
周りには人がおらず、あるのは純白の巨大な大地だ。
12月25日。
クリスマス当日であり冬休み初日の午後3時50分。
約束の時間は近づいていた。
そもそも約束の時間に来ない可能性もありうるし、そもそも突然クリスマスの4時に会おうと言い出すなんて相当気持ちが悪い。
自分でも自覚はしていた。だが、あの時なんて言って良いか分からなかったし、きっとあの時声をかけなかったら二度と彼女は俺の前に現れないじゃないかと思った。
俺はとても不器用だとそう痛感した。
約束の時間の5分程前になり、俺も心の準備をするために大きな白い息を吐いたの時だった。
その少女は雪に彩られ、可憐だった。
雪は静かに彼女を出迎える。
花のように暖かく雪のように儚い彼女は雪憐花乃の名に恥じない美しさだった。
一層の事永遠に彼女を見ていたかった。
止めてしまいたかった。
例えそれが間違った行為であったとしても、それくらい俺はこの瞬間をとてもとても愛おしく思えた。
永遠など存在しない。
自身の言葉を裏付けるようにその瞬間は終わった。
雪憐はいるのにただただ黙って見ている俺を心配するように見つめていた。
声を掛けるべきか迷っているようだった。
見惚れしている時ではない。
俺が雪憐を呼んで、そして雪憐がわざわざ来てくれたのだから、自分から何も言わないのは失礼だ。
「雪憐。来てくれてありがとう」
雪憐が来てくれた事は俺は嬉しかった。お礼を言ったのは久しぶりの気がする。
数ヶ月ぶりかもしれない。
お礼を言う事なんて慣れてないし、得意でも無い。
「いえ。先輩こそ待ちましたか?」
雪憐が心配そうに聞いてきた。
「いいや。大丈夫。そんなに待ってないよ」
俺らしくなかった。
口調も、真実を曲げたことも、この気持ちと心臓も高鳴りも。
まだ何も起きて無いのに心臓は止まってくれない。
脳にとんでもない量の血液が送られているような気持ちになり、自分の心臓の音がうるさい。
「そうですか、よかったです」
雪憐はそう言って無邪気に笑った。
「雪憐、あのさ…」
それより先の言葉を紡ぐとこができなかった。
どう切り出すべきなのか。
どれが正解なのか。
バブルを起こした俺の感情は思考をぶち壊し、頭が回らない。
一瞬が永遠に感じる。
何が正解か。
どれが正解か。
どうすれば本題に入れるか。
本題は決まっているのだから話し始めれば良いと分かっているのに、話を始めることができない。
これは恋のせいなのだろうか。
「先輩…」
雪憐が俺を心配するように呟いた。
無意味なつぶやきだった。
だが、これは雪憐に甘えてはいけない。
「雪憐、俺が間違ってた」
俺は最初に呟いたのはそう言うことだった。
話がまとめられてない、俺が冷静な時に添削したらきっと0点だ。
無論、雪憐は「え?」とした表情で俺を見ていた。
「間違っていたってどう言うことですか?」
雪憐は困ったように聞いた。
「まず、4年前のことはいまだに思い出せない。すまない…」
雪憐は4年前と聞いた時少しだけ顔を強張らせて緊張したような表情した。
俺は雪憐をできるだけ怖がらせないように、柔らかい表情をするように頑張った。
だから、今は自分の表情を見たくない。
きっとひどい顔をしている。
「私も先輩も今を生きているんです。過去に縛られても仕方がないじゃないですか」
そう言うと、近づき、俺の頬を優しく愛撫するように撫でた。
それはゆりかごのような温もりと安心感を俺に与える。
記憶のことを無に流すのが不自然であった。
だが、雪憐も…あるいはクリスタもそこは本質ではないと言っている。
「先輩は今の私を見て欲しいな」
撫でるの手を止めて、そう俺に微笑みかけた。
心臓が今にも爆発しそうな勢いで動いている。
頭が真っ白になってしまいそうで、めまいさえした。
思考がぐちゃぐちゃになって何もかもが原形を留めていない。
「多分みんな、先輩は悪くないなんて言いません」
撫でた時とは違い、俺達には一定の距離が空いていた。
それは近いのに何故か透明な仕切りがあるようなそんな距離感を感じた。
とても落ち着いていて凛としたしっかりとした立ち振る舞いだった。
「でも、私はあの時先輩が私を想ってしてくれたのを知っていますし、それに…」
雪憐はそこで言葉を区切ると、悲しそうな儚い表情をした。
その痛ましいほどに悲しげな表情はどこかで見たような気がした。
きっと、俺は雪憐が俺の事を自分のことのように痛ましく思ってくれたり、悲しんでくれたりしてくれるのが嬉しかったんだ。
雪憐が俺の事を考えてくれたなんて勝手な推測でしかない事は分かってる。
恋は盲点とはよく言ったものだ。
「私は先輩が辛そうにしているのをこれ以上見たくありません」
雪憐がそうきっぱりと言った事にはこの世のあらゆる善に満たされていた気がした。
先程の俺の推測が真実であって欲しいと心から願った。
俺が雪憐を想う気持ちと同じように雪憐も俺を想っていて欲しい。
「だから、先輩は悪くないですよ。例えみんな悪いと思っていても、私はそうは思っていません」
雪憐がそう言ってくれた事はこの苦痛と後悔の世界で生きる俺に希望を与えた。
他の誰でもない愛する雪憐にだ。他の物が全て無価値に見える程だった。
「私はもう逃げません。ちゃんと先輩と向き合います」
雪憐が真っ直ぐと俺を見据えた。
大きく成長した俺の幼馴染は何もかも変わってしまったのに、何もかも変わっていなかった。
4年前の暖かみは確かにそこにあった。
形を変えても本質は何も変わらない。
俺がずっと求めていた、雪憐は俺が考えていたものよりずっと魅力的だった。
「そうか。ありがとう、俺はそう言ってもらえて嬉しいよ」
俺は必死に答えた。
心を込めて、想いを込めて、そして後悔しないように言葉一つ一つに希望を込めて。
何気ない吐息ひとつでさえ、今まで人生のものとは全く違うもののように感じる。
「後、4年前のこと、ちゃんと雪憐から聞けてよかった」
それは平穏を装ってもきっと声色に出てしまった。
4年間の間に育まれた膨大な想いが溢れそうになっていたからだ。
いくら手を伸ばしても、いくら望んでも手に入らなかった人が俺の目の前にいる。
「だけど、クリスちゃんが許してくれるか分からないですね」
クリスタの名前が出てきて思わずどきりとする。心臓に針が突き刺されたような気分になる。
「クリスタは…」
「クリスタは許してくれないが、責めたりもしていなかった」
雪憐はそう言うと安心したように微笑んだ。
まるでそれの笑みは雪憐が俺を安心させるためなのではないかと、そう思ってしまった。
「だから、ちゃんと話すといいと思う。雪憐とクリスタは親友だったんだろう?」
俺がそういうと急に自分の体軽くなった気がした。
俺についていた何かが消えた。
「分かりました」
雪憐がこくりと頷いた。
いつもは凛としてるのに時々素が出てしまうところがすごく可愛かった。
安心したからだろうか。
特に素が完全に出し切れてなくて統一仕切れなかった感が可愛い。
「もう一つ、俺は間違ってた」
俺がそう言うと、雪憐は少し緊張したおもむきでこちらを見てきた。
先程からバクバクうるさい心臓に急かされないように、自分に落ち着けと言い聞かせていた。
もう、言い訳も、失敗も、後悔も許されない。
「俺は今の雪憐が好きだ」
言った、4年間を終わらせるために。
「俺と付き合って欲しい」
「先輩は私が好き…なんですか…?」
雪憐は困ったように頬を染めて聞いた。
それだけでは雪憐の気持ちは分からない。でも、即座に拒否されなかったのは俺は少しだけ安心させた。
「4年前の花ちゃんじゃなくて?」
雪憐はそう俯きみに答えた。だから表情は分からない。
でも、その声色には確かに不安と熱が含まれていた。
熱も今までの"優しい暖かさ"ではなく、色っぽく情熱的な熱さだ。
「俺は今の雪憐が好きなんだ」
俺はそう真っ直ぐに答える。
雪憐の気持ちに答えるように俺は体の奥底から熱い何かが湧き上がってきた。
その熱は全身に満たされて、雪が降っているはずなのに、俺はもう傘なんてどうでも良くなって手放してしまった。
「それが先輩の答えですか?」
「そうだ」
「後悔しないですか?」
雪憐がそう最後に聞いた。
おそらくこれは俺の初恋の最後の選択だから。
もう覚悟はできている。
「絶対にしない」
俺はそう断言した。今の雪憐に恋すると決めた時に同時に俺の中で誓った事だ。
例え1億年経ったとしても、俺が今この瞬間、世界の誰よりも雪憐を愛し、世界のあらゆるものよりも大切だと思った気持ちに一切の嘘偽りはないのだから。
「私は…」
雪憐が不安そうに消えいる声で呟いた。少しでも雪憐の力になれるなら。少しでも雪憐に安心して俺を選んでもらいたいから。俺は…
「雪憐」
俺はフードを出来る限り優しく外した。雪憐は抵抗せずに俯いたままだった。
ふわりとフードを外すと、ショートヘアの美しい髪も一緒に生き生きと靡いて、耳に髪がかかった。
それがそれだけで、いや何気ない瞬間だったからこそ俺は好きだった。
女の子の髪の毛はとても柔らかくて、ふわふわとしたシャンプーのいい匂いがした。
雪憐は恥ずかしがるようにゆっくりと顔をあげた。
10cmほどしかお互いの距離がなく俺の心臓がまたうるさくなる。
だが、それでも俺はこの美しい肌の少女を間近でみて見たかった。
それは俺が生まれて初めて見る顔だった。
「大丈夫。すごく可愛い。変じゃない」
雪憐に安心してもらいたかった。
だから、俺の率直な感想を述べた。
雪憐は何も言わないで恥ずかしそうに目線を逸らしていた。
「俺は雪憐の今の気持ちを知りたい」
目線が合うと思考がショートし体が加熱する。
雪が雪憐の髪につもり、文字通り雪化粧をしていた。
「先輩はとても、ばかで不器用で他人の気持ちを考えられないけれど…」
雪憐はそう拗ねるように言い、その後目線はまた逸らしてしまった。
「悩んで苦しんで考えてくれるなら」
雪憐はそう紡ぐと、ワンテンポ置くように軽く息を吐いて真っ直ぐと俺を見た。
顔が紅潮している、しかしそれでもちゃんと雪憐は芯を持って自分の聞くべきことを聞こうとしていた。
「先輩は私のための彼氏になってくれますか?」
雪憐はそう甘える様な優しい声でそう俺に聞く。
「ああ、約束する。雪憐に誇ってもらえるような彼氏に俺は必ずなる」
雪憐は俺に沢山の幸せを与えてくれた。
そして、もし雪憐が彼女になってくれるなら、俺はもっともっと沢山の幸せを貰ってしまうだろう。
だから、俺もそれと同じくらい雪憐に幸せをあげられる様になりたい。
「俺は間違えている事は沢山あるけど、それをちゃんと教えて欲しい。そうすれば必ず俺は雪憐の気持ちに答えられるように全力で頑張る」
それが俺に出来る精一杯の答えだった。雪憐のためならどんな努力でも出来ると思う。
「私も頑張らなきゃですね」
そう答えると、雪憐は微笑んでくれた。
今までの雪憐のものとは思えないほど無邪気で自然な笑み。
それはまるで心の奥底から出た表情な様な気がした。
俺も安心して、つられて笑ってしまう。
「雪憐こそ、俺でいいのか?」
俺がそう聞くと、雪憐は頷いて、俺に体を任せる様に倒れ込んできた。
雪憐の顔が俺の胸あたりに押し当たっていて、冬の厚い衣服なのに布越しに彼女と接していると思うとむず痒く心臓がバクバクと言う。
「先輩じゃなきゃダメなんです。私はあなたが好きだから」
雪憐がそう満足そうに呟いてくれた。
達成感、充実感、安心感そして高揚感。
これが"幸せ"と言うものなのだと理解した。
「ありがとう。俺もだ、雪憐」
もはや、言葉なんて要らなかった。
雪憐が俺の胸から離れると俺を見上げてくる。
健康的な唇と透き通る様な肌、そして雪が絡まった女性的な髪。
俺と彼女はお互いを求めるかの様に静かな、けれど熱い情熱的なキスをした。
雪は俺達の愛を歓迎するかの様に静かに降り続けているのだった。
END
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