第12話

とても、意味の無い校長先生のお話を聞いたのち、威勢だけは良い掛け声で我が校の体育祭は始まった。

今は夏も終わりを迎えつつある9月のことである。

俺たち生徒は、開会式を終え、持ち場に戻るべく後ろの生徒席に向かう。


雪憐とは夏休みの一件以来、一度を除いて話してはいない。

その一度と言うのは学校が始まって数日が経過した頃に雪憐が「私も色々考えたいので、お弁当を一時的に止めても良いですか?」と言われた事。

生真面目で約束を最後まで守ろうとする姿勢は雪憐らしく、可愛らしいが、側から見れば少し異質に見えるかもしれない。


そんな事を考えていると、ふと一人の女子が近づいてきた。

「よ、夜彩。体育祭始まったね」

この声には良く聞き覚えがある。


「そうだな」

「いや、そうだなって…。夜彩って去年までバスケ部だったのに楽しみじゃないの?」

紗恵が不思議そうに聞いてくる。

いや何故元バスケ部を根拠にするのだろうか?根拠としては使えないと思う。


「楽しみじゃない。別に、バスケ部と体育祭の期待値に因果関係は無いと思うぞ」

俺がそういうと紗恵がわざとらしくがっかりすると、

「そっか」

と言った。

紗恵は話が途切れるとまた考え込んでしまう。

俺から紗恵に話しかける事もなく、沈黙が訪れる。

2人の音が崩れると話している時は気にしなかった環境音が気になるようになる。

今まであったものが無くなると周りが良くも悪くも見えるようになるということなのだろうか。

紗恵が沈黙を嫌うように俺をチラチラと見るとあっとなにかを思いついたようで、新たな話題を提供した。


「こういうのでカッコいいところ魅せればモテるかもよー」

紗恵がからかうように言う。

それはとてもどうでもいいことで、裏を返せば思考をせずに済む楽な話題だ。

だが、くだらなすぎて反応する気も湧かず、結果的に俺はなんて反応をするか考え込んでしまう。俺

が黙り込み続けると、紗恵が笑って

「仮にも、夜彩くんは学年2位で元バスケ部の文武両道だからね」


おどけた様子でで俺の実情とあっていない肩書きを俺に伝えてくる。

肩書きというものは端的に自分の置かれている立場を表現するのであるが、これほどまで実態と乖離したものは珍しいだろう。

詐欺レベルと言わざるおえない。

「確かに、肩書きだけ見ると、凄いスペックだよな。きっと友達に囲まれているんだ」

俺もまともに答える気も湧かないため、適当なことを言っておく。

本当に詐欺だ。

しかし、嘘は言っていないわけだから恐ろしい。

夜彩の広告を作るのは楽そうだな。


「でも、夜彩、男子でも女子でも完全に別枠扱いだよね…」

紗恵が声のトーンを下げて言う。

その事実は先ほどの肩書きがなにも役に立っていない証拠で、どんなに肩書きに美辞麗句を並べても紗恵が言った事実を見ると価値を失うのであった。


「そうなんだよな。現実は非情」

こればかりは俺が半ばマジトーンで凹むと紗恵が慌てた。

「大丈夫!大丈夫だよ、夜彩!私が友達続けてあげるから!」

紗恵が明らかに慰めに受け止められないことを言われる。

人間関係を紗恵に頼っていた証拠だった。

強く反論する事もできず、代わりに悲しみが湧き上がってくる。


「何だその哀れみ。悲しくなった」

もはや、凹むしか手段は無い。

俺が孤独感が溢れる現実を見ながら声のトーンを上げて答えた。

しかしながら、孤独であってもさほど困る事でもないのかもしれない。

中学時代は現に紗恵もいなかったわけだし。

昔に戻るだけだ。


「夜彩…。ほら、夜彩面白いから、話せばすぐに友達できるよ!」

紗恵が慰めた振りして俺を刺し殺した。


「怪しい通販より信用できない宣伝文句だな」

そういうと俺は生徒用観客席の右側の最前列に座る。

紗恵が困惑するように手でもっと奥の席にしないと訴えてくる。

紗恵の方を見るとその問いに答えなければならず、面倒だったので目に入らないふりをする。

紗恵は好きな席に座ればいい。

無理して同じ場所にする必要性は無いわけだし。


少しすると、紗恵が露骨なため息を吐くと、俺の横に座る。

体育着なのにスカートを着ているときのような座り方だった。

「そう言えば、藤堂先輩もバスケ部だったよね?」

諦めた紗恵は校庭のトラックの方を見た俺に話しかける。

沈黙が訪れると紗恵はいつも空気を浄化するかのように話題を供給してくれた。

無視する事もできず俺は答える。


「ああ、バスケ部でお世話になった」

俺が1年生の時、藤堂先輩は3年生でバスケ部で先輩だった。

女子と男子で当然分かれてはいるが、藤堂先輩はそこらの下手な男子よりはよっぽど上手かった。

文武両道な藤堂先輩は間違いなくこの学校の数年に一度の逸材だった。


「もしかして、夜彩、藤堂先輩目当てだったとか?」

紗恵がいたずらな笑いを浮かべてからかう。

紗恵の考えている意味とは違うだろうが、あながち間違ってはいないかもしれない。

俺はあの人には少なからずの尊敬と憧れがあったのは事実だ。

が、そう答えるのは少し恥ずかしく違うことを答える。


「藤堂先輩、勉強教えるのうまかったから」

嘘は言っていない。

藤堂先輩がどう勉強していたのか興味はあった。

勉強を教えてもらったのは事実だ。

俺はありがたかったし、同時に一番近い俺の目標だった。


「そういう意味じゃなかったんだけど…。夜彩が勉強教えてもらってたって言うのは意外だね。想像できないよ」

紗恵が話を広げるのを優先したのか話題を微妙にシフトした。

紗恵の言った意図はなんとなく推測はできたがそれは否定するまでもないだろう。


「確かに勉強は一人でしたいが、一年の時はこの学校のテストの出題傾向が良く分からないから、色々教えてもらった」

俺が勉強を教えてもらうのを想像するのは難しいだろう。

何故ならいつもぼっちで一人を好むような人間だ。

俺も勉強会とかは嫌いだし。

だが、藤堂先輩の教え方はそれに時間を割く価値がある。

憧れだった藤堂先輩をそばで見てみたいという思いもあったかもしれない。


「藤堂先輩と夜彩どこで勉強してたの?会ってるの見た事無いよ」

紗恵は疑問が尽きないようで、続けて質問をしてくる。

周りから見れば俺と藤堂先輩は一緒にいるような関係には見えないだろう。

想像すらできないかもしれない。


「ああ、学校ではあまり話さなかったし。勉強する時は喫茶店だったな」

藤堂先輩が今バイトをしているあの喫茶店である。

俺も藤堂先輩も学校で話しかけるような人間ではなかった。

ビジネスライクと呼ぶのが近い関係で、俺の相談を藤堂先輩が聞いてくれることがあっても、

決して俺の行動に干渉はしてこなかった。

藤堂先輩が俺に相談してきたことは一度もない。

「へー。結構仲が良かったんだ」

紗恵は感慨深く、そういう。


「別に、仲は良くないけど…」

仲が良いと言う表現は適切ではないだろう。

友達というわけではなく、あくまで先輩後輩関係だ。

紗恵は分かってないなと言わんばかりの顔をしていた。


「夜彩ー。失礼だよ、せっかく仲良くしてもらってたのに」

明るい口調でわざとらしくそう言う。

せっかく俺のような人間が藤堂先輩と話せていたのに、もったいないということなのだろうか。


「そういう感じの先輩では無かったと思うぞ」

俺がうんざりとしたように言うと、紗恵は半分納得できないような顔をした。

藤堂先輩と俺の住む世界が違う。

紗恵は俺の発言を誤解したのか


「そんなこと無いよ。藤堂先輩、夜彩と違って友達たくさんいたよ」

と納得できないようにそう言う。

確かにそうだろう藤堂先輩は社交的では無かったが、周りから尊敬されていた。

「そうだよな…」


「なあ、藤堂先輩って結局彼氏居たのか?」

俺が吐き捨てたそれは紗恵が食いつくこと間違いなしの内容だ。

多分釣り堀の魚より食いつくのが早いだろう。


俺の予想を裏付けるように、紗恵がいつもの勘違いした顔をして、俺の方を見てくる。

「あれれー。夜彩くん気になる?」

うわ、すごく面倒なやつだ。

聞くのをもったいぶって最悪のケースでは教えてくれないやつ。

そんなリスクを払ってまで聞くようなことではないため話を打ち切ることにした。


「紗恵の態度が気に障る。聞くのやめる」

俺が端的にそう言うと、紗恵がため息をついた。

「夜彩ほんと冗談通じないんだね…」

半ば呆れたように紗恵が言う。

少し言いすぎたような気がして補足するように俺が付け加える。


「単に面倒だっただけだ」

紗恵はまた話が途切れるのが嫌だったのか、少し間をおいて藤堂先輩の話を話し始めた。

と言っても俺の問いに答えるだけだが。

「藤堂先輩、男子から告白されたけど全部振っていたよ」

それは事実とし述べると一文だが、色々な人が関わっているのだろう。

それぞれに想いがあって物語があったはずだ。

藤堂先輩はどんな思いで振ったのだろうか。


「そもそも高嶺の花だったし、そこまでではなかったけどね」

紗恵は付け加えるように言う。

声に妬みがあるようには聞こえず、むしろ当たり前の事実として受け入れているようだった。


「そうだろうな」

俺が同意するように言う。

確かに藤堂先輩が男と付き合うのを想像できない。

一人でも堂々と生きていけそうだ。

そんなことを考えていると紗恵が少し恥ずかしそうに切り出した。


「後、その…。同じくらい女の子からも告白されてたね…」

え…?そうですか…。

なるほどな、藤堂先輩のようにスタイルが良いバスケ部はかっこいいもんな。

その上、学力お化けだから。


「お、おう。なるほど」

俺も少し動揺したのか、変な声を出してしまう。

女の子同士か、俺はあまり詳しくないからよく分からないな。


「女子が女子を好きになる事ってあるんだな」

俺が噛み締めるように言うと、紗恵が何故か残念そうな目で俺を見てきた。


「藤堂先輩、すごくカッコよかったから、女子からの人気も凄かったんだよ」

女子社会に住んでいる紗恵はきっとその実態を俺よりも見てきたのだろう。

その言葉には重みがあった。

「カッコいい女子は女子からモテるのか」

別にかっこいい男子がこの学校にいないわけではないと思うが。そう言う思いを込めて言う。


「そうだね。別に同性に恋するのは不思議な事じゃないんじゃないかな?

あと、ミステリアスな人とかいいかもね…」

俺の問いに紗恵が返したのはとてもシンプルなものだった。

俺の知らない世界でもう少し踏み込んだ問いをする。


「じゃあ、同性でも異性でも恋する気持ちは変わらないのか?」

俺が聞くと、紗恵は落ち着いて答える。

「そうだと思うよ、私は」

ゆったりとした声は淀みがなかった。

同性か異性かの違いなどどうでもよく、恋をしたかしていないか。

"好き"という気持ちが大切なのかもしれない。


「そうか」

なるほどな、と思いながら返答をする。

俺はパンフレットを開きながら、今後始まるであろう体育祭の予定を確認する。

特段興味があるわけではないが、念のため再度確認すべきだろう。

興味が無いことは頭に入ってこないものだからな。


「夜彩はどの種目だっけ?」

と見ている俺を見て、紗恵が聞いてくる。

興味がないことだったため、集中力がすぐに途切れてしまう。


「走り高跳びとクラス対抗リレーだ」

俺は紗恵の方を向かずに答える。

たいして重要な話をするわけではないだろうと思ってると紗恵がふとポンとてを叩いた。


「あ、私もクラス対抗リレーなんだよね」

それはとんでもない爆弾であった。

え?

あの、運動音痴な図書室勢の紗恵がクラス対抗リレーだと…。冗談だろうか。


「え?聞いてないぞ。というか、なんで紗恵なんだ?」

当然の疑問だ。

嘘であって欲しいという俺の祈りが叶うことを望んで聞く。

紗恵にはどうか「嘘だよー」と間抜けな声で言って欲しい。

「あはは。一人欠席しちゃって、代わりに出る事になったんだよね」

が、そんなささやかな祈りすら神は叶えてくれなかったようだ。


「なん…だと…。補欠とか用意してなかったのか?準備の段階から我々は負けていたんだな」

大体、補欠を用意しておかないとは一体どういうつもりなのだろか?

最低でも2、3人ほど用意するのが常識だろう。

どうせクラス対抗リレーなんて誰もやりたがらないブラック企業みたいなものなんだから、代わりの補欠は山ほど用意しておくべきだ。

やめること前提で進めるのがブラック企業の鑑。

組織として我がクラスは圧倒的に統制力とやる気のなさを感じる。


「そ、そんな事言わないでよー。私も頑張るからさ」

紗恵がおどおどとしながらそう言うが、それがより不安を助長させる。

負け戦を俺はしなければならないのか。

リレーをやる必要性が疑わしくなってきた。


「むしろ、人数一人減らしたほうが速い気がする」

俺がぼそりと本音を言うと、紗恵がわざとらしくガーンとして。

「ひどい。確かに遅いけど」

紗恵が拗ねるように言う。

確かに少し言いすぎてしまったかもしれない。

人には長所と短所があるし、短所を必要以上に批判するのも問題だな。


「まあ、たかが一人遅くなったくらいじゃあ負けねえよ」

紗恵を励ますようにそう適当なことを言う。

「夜彩にしては珍しいかっこいい台詞だ」

紗恵、わざとらしい。

紗恵の棒読みの褒め言葉を聞いた後、俺が言ったことがこっぱずかしくなった。


「だろ。負けても大して損失が無い事には安心して大口を叩ける」

ネタばらしとばかりにそう言うと、紗恵はガッカリしてうなだれる。


「そういうこと…聞いて損した」

紗恵が声色まで心底損したような声で言う。

いつもの事だ。もう、紗恵に失望された程度でどうと思うことは無い。


紗恵との沈黙が生まれる。

特に話すべきことも失われて、トラックの方をお互いを見ていると今時な若者音楽が流れたのち、競技の参加者と思われる人達が入場してくる。

「そろそろ最初の競技始まるね」

「ああ、何の競技だ?」

俺がそう質問を返す。

先程出していたパンフレットをすでにしまってしまい。

再度出すのも面倒であったためだ。


「綱引きだって」

紗恵もありがたいことに俺のことを何も責め立てずに教えてくれた。

「ああ、分かった」

紗恵の好意のおかげでこの競技が興味がないものであることが確認できた。

安心して読書をすることができる。

読みかけな本をバックから取り出す。

しおりを外してページを開くと、不快な現実と決別することができた。


「競技名聞いて速攻で読書始めるのもどうかと思うよ」

紗恵の正確なツッコミは空を切り、俺は答えることを拒否するかのように、読書へと引きずりこまれた。

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