パパの窓あきトーストと姉再び
「あら。これはなあに?」
ルシウス少年のノートに鉛筆で四角が描かれている。
「それ、今日の僕たちの朝ごはんでした!」
「四角の……あっ、食パンね」
「これ! これ見てマーゴットさま。今朝、領地の父様からお手紙とどいたの!」
「?」
ファイルケースから取り出した開封済みの封筒を渡されて、中の手紙を開いてみる。
「まあ。素敵ねえ」
手紙の差出人は兄弟の父親、リースト伯爵メガエリスだ。
あの麗しの髭のお父様の印象のままの、とても整った美しい文字が並んでいる。
読んでみると、メガエリス伯爵も学園を卒業して二十代の間までは家を出て、騎士団寮に入っていた時期があるらしい。
そこで小腹が空いたときに食べたトーストの作り方が図説入りで描いてあった。
何が素敵かといえば、後に兄弟の母親、奥様と結婚したとき、ふたりきりの新婚旅行先の別荘で初めての朝に作って食べたのも同じトーストだそうで。
横から、マーゴットと同じで料理などしたことのないグレイシア王女も感心していた。
「
「参りましたよ、先輩。単純に四角く穴を開ければいいものを、父がハートに抜いた絵なんか描いて寄越すから……」
手紙には作り方と、食パンをハートにくり抜いて卵を落として焼いた可愛らしいトーストの絵が描かれていた。
味付けはマヨネーズを細く格子状にかけて、お好みで塩や胡椒をパラパラすると補足されている。
これをあの髭の麗しパパが描いたのか……といろいろな意味で驚く。
なるほど、新婚だから奥方と一緒にハートのトーストを食して甘い時間を過ごした過去があったわけだ。
今朝はまだ幼いルシウス少年ではなく、お兄ちゃんが作ったらしい。
そういえばここは食堂だが、壁際には営業時間外でも軽食を作れるように魔導具のコンロやフライパン、ケトルなどが置かれた簡易キッチンと小さなシンクがある。
スープやサラダは食堂のモーニングを利用して、トーストだけ自分たちで作ったそうだ。
「ハートの卵トースト、食べたかったんだもんー」
「ハートの形に穴を開けて切るのが難しくて。何枚か枠まで切っちゃいました」
「失敗はせいこうのもと! ちゃんとおいしくいただきました!」
それで朝から何枚も何枚もウインドウトーストを食べていたそうな。
ところで、昨日、王都のパン屋の前で出くわしたとき、この兄弟は騎士団寮の食堂は朝と夜だけだと言っていた記憶がある。
けれど食堂の厨房には、白衣と三角巾姿の料理人のおばちゃん、いや若いお姉さんがいた。
三角巾からは、まとめ髪にした青銀の髪の後れ毛がはみ出している。
「何で君がここに」
マーゴットたちがリースト伯爵家の兄弟と話で盛り上がっているので、こっそり離れてカウンターから厨房を覗くと、どういうわけか後輩の神人ジューアがいた。
何やら食堂の料理人に変装して厨房に入り込んでいる。
「参ったわ……元の世界に戻ったら弟のあの偽兄が原因で家庭崩壊しちゃってて。あまりにも可哀想で仕方ないから夢見をやり直して少し修正しようかと」
こそこそっと話を聞いてみたところ、とんでもない内容にカーナは空いた口が塞がらなかった。
ジューアの呪いを受けたルシウス少年の兄カイルはこの後の時間軸で、大地震で半壊した自宅の修繕と改築費用のために、裕福な侯爵家の令嬢と婚約するそうだ。
ところがジューアの嫌がらせの『素直になれない呪い』のかかったカイルは婚約者に優しい扱いができなくて、在学中に婚約破棄されてしまうらしい。
そのときに相当な、相手の令嬢から侮辱的な態度と言葉を受けて、多くの生徒たちの前で婚約破棄を突きつけられるという。
後から大好きなお兄ちゃんの受けた屈辱を知ったルシウス少年が激おこして聖剣をぶん回し、相手の貴族令嬢の家や学園、王都の一部を破壊する。
結果、リースト伯爵家は断罪され離散、父親メガエリスは責任を取って息子兄弟を道連れに自害してしまう。……らしい。
それが、夢見を解いて数段上の現実に戻ってもそれなりに反映されて、一家離散に近い状態になっているそうだ。
「一度かけた呪いを解くより、祝福の上書きをしようと思って」
それで騎士団寮の食堂に忍び込んで、何やらせっせと作っている。
料理に自分の祝福の魔力を込めて食べさせよう作戦らしい。
「カーナ。お前、あの子たちにランチをここで食べていくよう誘導しなさい。いいわね、絶対よ?」
そう、本来なら騎士団寮の食堂は、今日のような平日の昼時は閉じている。騎士たちは本部の建物棟の食堂を利用して閑散とするためだ。
外部に食べに行かせないよう何とか言いくるめろというのだが。
「そりゃ構わないけど」
ただ今回はさすがに、彼らに食べさせる前の料理に込められた魔力をチェックしようとカーナは思った。
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