到着! アケロニア王国

 黄金龍のカーナはしばらく名残惜しそうにカーナ王国の上空を漂っていたが、やがて諦めてまた円環大陸の空を巡り出した。


 西の小国カーナ王国を過ぎると、近年共和国になったばかりのゼクセリア共和国や、クーデターで荒れているミルズ王国のある南西部に入る。

 更に進むと南部の代表国家、カサンドリア王国が。


『マーゴット。人生に悩んだときは円環大陸を左回りに巡るといいんだ。ネジを緩めるときのように、余計な考えや悪影響が抜けやすくなる』


 途中、カーナがそんなことを言い出した。


「へえ~。じゃあ右回りは?」


『左回りの後に右回りすると、悪いものが抜けた後に良い魔力が自分に入ってくる。これもネジと同じなんだ。右回りにネジは入っていくだろう?』


 言って、カーナはある聖女が、もう何百年も円環大陸を右回りに巡る旅を繰り返して、人々を助けながら力を貯め続けていることを教えた。


「……私、やっぱりおかしい?」


 何かを抜いて除去しなければならないと、守護者カーナが判断するほどなのだろうか?


「かなりね。最後に会った8年前と比べたら雲泥の差だ。両親が亡くなって性格が変わった……わけでもなさそうなのに」


 カーナの知るマーゴットという少女は、かなりドライで合理的なものの考え方をする子だった。

 あのバルカス王子とも、一緒になって駆け回っていたのは本当に幼いときだけ。


 淑女教育と女王教育を受けるようになってからは、まだ少年だったバルカス王子がやんちゃな悪戯をしていると、冷ややかな目で淡々と注意をする。

 それがぐうの音も出ない正論だから、バルカス王子はいつもマーゴットにやり込められていた。


 今、二人の仲が悪いというなら性格の不一致だと思ったのだが、マーゴットの言動の不味さはそういう単純なものとも言えないように、カーナには見えていた。




「左回り、何周ぐらいすればいい?」


『まずは一周。本当なら徒歩で歩くのが一番いいんだ。空から巡ってもそれなり』


 そうこう言っているうちに、黄金龍はまた北部のカレイド王国まで戻ってきた。

 次はいよいよ北西部のアケロニア王国だ。


 再び、扇の形をした王都が眼下に見えて来る。


「いきなり龍のカーナが降りて、驚かせちゃわないかしら?」


『アケロニア王国にはオレも行くことを伝えてあるんだろう?』


「守護者と一緒に行くって手紙を書いたわ。巨大な龍に乗って行くとは……伝えてないわね、そういえば」


 今のカーナの龍体のサイズは、王都の上空を覆うほど巨大で長い。

 今はまだ雲の上にいるから目立たないが、黄金に輝く鱗の龍が姿を現したら民たちは大騒ぎだろう。


『じゃあ少しずつ小さくなって……あそこが王宮だね。庭園は結構広いみたいだから、降りさせてもらおう』




 マーゴットたちの存在に最初に気づいたのは、王宮の外壁上の物見台の当番兵たちだ。


「り、龍!?」


「すいません! すいません、カレイド王国のオズ公爵家のマーゴットです! 馬車じゃなく守護者に乗って来たんです、グレイシア王女殿下に取り次ぎをお願いします!」


 カーナの巨体に腰を抜かしかけていた衛兵たちに、カーナの頭の上から叫んだ。


 そのままカーナは長大な蛇体でぐるっと王宮を取り囲んだ。


「マーゴット! お前、いくら何でも龍に乗って来るとはこっちだって思わないだろうがー!!!」


 王宮の回廊から、連絡を受けて必死に駆けて来ただろう親友のグレイシア王女が怒鳴ってきた。

 まったくもってその通りだ。実に申し訳ない。


「そんな巨体を収容できる場所は我が国にはないぞ!?」

「大丈夫、この龍はカレイド王国の守護者です、人の姿になれるので! 荷物があるの、どこか着陸できる場所はない!?」

「なら中庭のほうへ! いま、騎士たちに案内させる!」


 大声で怒鳴りあって、ようやく騎士たちに先導されたマーゴットたちは地面に降り立つことができた。


 周りには騎士団の騎士たちや、魔力使いたちが集まってマーゴットたちを取り囲んでいる。


「ええと……マーゴット・オズでございます。お出迎え、感謝しますわ」


 ワンピースの裾を軽く摘まんでカーテシーをしたマーゴットに、こちらもおなじ礼を返した黒髪黒目のグレイシア王女は呆れたように嘆息した。


「アケロニア王国へようこそ、マーゴット公女。もっと穏便な来訪を願いたかったが、まあ歓迎しよう! 待っていたぞ、友よ!」


 互いにこの人生で顔を合わせるのは初めてだった。

 ずっと手紙だけでやりとりしていた、同じ次期女王となる親友だ。


 親愛のハグをして、マーゴットは再び彼女に会えた幸福を噛み締めた。


『この馬鹿女!』


 過去のループで何度も何度も、泣きながら罵られた記憶が蘇る。


(今度こそ、彼女に見捨てられることのないようにしたい)


 この剛毅なのに思いやり深い女性に失望されたことは、ループを繰り返したマーゴットの大きな悔いのひとつである。




◇◇◇




 カレイド王国のダイアン国王は、王宮の執務室でオズ公爵家から届いた手紙を一読して嘆息した。


 彼もマーゴットと同じ中興の祖の女勇者と同じ、燃えるような赤毛を持っている。

 体格の良い三十代後半の男である。


「マーゴットはアケロニア王国へ発ったか……」


 マーゴットかアケロニア王国のグレイシア王女、どちらかが相手国に短期留学するという話は聞いていた。

 てっきりグレイシア王女が来るとばかり思っていたので、マーゴットから報告を受けたときは驚いた。


「マーゴットを国外に出したくはなかったが……」


 彼女が次期女王という他にも、理由がいくつかあった。


 だが、メイ王妃の余計な口出しによるオズ公爵家の霊園の件や、最近判明した息子バルガス王子による公爵家への支援金の横領など重大な事件が相次いでいる。

 この上、さすがにマーゴットに留学に行くなと命令することはできなかった。


「陛下。アケロニアは魔法魔術大国。マーゴット公女の異変に気づかれるやも」

「……何もないことを願うしかないな……」


 宰相の遠慮がちな指摘に、力なく答えた。


「国王陛下。王妃殿下からお茶のお誘いが届いております」


 侍女が持ってきたメイ王妃からのメッセージカードを見て相好を崩す。

 相変わらず上達しない字だったが、ダイアン国王は彼女がこうしてまめに寄越すカードが好きだった。


「すぐ行くと伝えてくれ」


 そろそろ、国王の自分が犯してはならない過去の過ちと向き合うべき時が来ていた。

 恐らく期日はマーゴットが帰国する一ヶ月後。


 せめてそれまでは、平穏な毎日を、愛しい王妃と過ごしたいと思った。



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