神殿に来ないバルカス王子

 カーナの言う通り、彼はマーゴットたちが10歳になる頃までは、年に数回は直接カレイド王国まで生身で訪れて、遊んでくれていた。


 現代国家の中でも、カレイド王国は親友グレイシア王女のアケロニア王国と並んで、ハイヒューマンが過ごしやすい良い魔力に満ちた国なのだそうで。


 ところがあるときを境にぴたりとカーナの来訪が止まった。


 代わりに、神殿で炎を焚いてもらって、守護者として曖昧な魔力の塊だけ召喚する形へと、いつの間にか変わってしまっていた。


「カーナ。この国に来てくれなくなったのは、どうして?」


 これまで聞いたことのなかった疑問をぶつけてみると、とっくに少女から青年の姿に戻っていたカーナに、琥珀の目を見開いて意外そうな顔をされた。


「ダイアン国王に頼まれたんだよ。メイ王妃は他国出身者で始祖たちの血を一滴も持ってないから、守護者のオレに謁見する資格がない。王妃を惨めな気持ちにさせてしまうから、自分の代の間は来ないでほしいって」

「伯父様がそんなことを言ったの!?」


 これは初めて知った。自国の守護者に対して何と無礼な物言いか。


「別に悪いことはない。ダイアン国王も自分が申し訳ないことを言ってるってちゃんとわかっていた。それに、神殿を通した召喚までは拒絶しなかった。だからオレは受け入れたんだ」

「そうだったの……」


 自分の知らないところで、国王とカーナの間にそんな対話があったとは。




「カーナ。なのにこの国に来てくれたってことは」


 マーゴットを助けてくれると言うことだろうか?

 恐る恐る尋ねると、カーナは頷いた。


「最初にマーゴットからループのことを相談された後、俺のほうでもハイヒューマン仲間たちに時戻りに詳しい者がいないか調べていたんだ」


 その結果、時間移動する能力は、カレイド王国の始祖のハイエルフ一族の特殊能力で間違いないそうだ。

 マーゴットの見立てと同じだ。


「ループは君の身が害されることで発生している。君を傷つけるのはバルカスだけかい?」

「……そうよ」


 これまでのループで、マーゴットは必ずバルカスの手で苦境と困窮に追い込まれ、殺害されている。


「そのバルカスもここに呼び出してもらっているんだけど、……来ないんだよね」


 カーナは一緒にお茶を飲んでいた神官を見た。神官は申し訳なさそうに首を振っている。


「呼び出しの手紙は王宮に届けてもらってある。読んだらすぐ来るようにと書いたけど、来ないね」


 神殿にカーナがいて、彼から手紙が来たことは王宮でも把握しているはずだった。


 なのに、バルカスは来ない。


 守護者との繋がりは、カーナ王族にとって欠かせないものだと、彼だって知っているはずなのに。




「……カーナ。私はバルカスが好きよ。彼と結婚できるのが子供の頃から楽しみだったの。だけど、何回繰り返しても彼は私を愛さず、憎む」


 カーナの琥珀の双眸がマーゴットの光る緑の瞳を見つめている。


「バルカスが君を見てくれるようになるまで、ループを繰り返すつもりだったのかい?」

「………………」


 改めて人からそう言われると、しみじみ辛い。

 親友のグレイシア王女には『馬鹿女』とまで罵られている。自分でも愚かなことだと思う。


「どんな選択が正解かわからないの。私が女王になるのは変えられない。そのとき、バルカスに隣にいて欲しかった」


 やはり、誤りを正すところから始めるべきなのだろう。


「ごめんなさい。すぐにバルカスを見捨てることはできないわ。でもその前に、できることをやるつもり」


 カーナと神官を見ると、二人ともその通りと言うように頷いた。


「バルカスは王太子ではない。まずは彼に偽りの王太子を名乗るのを止めさせてみようか」

「それでバルカスは変わるかしら?」

「バルカスが君を軽視するのは、自分が王太子で君より立場が上だと思っているからだ。その誤解を正せば変わらざるを得ないはずだ」


 そこで、バルカス王子の王太子詐称の改善を修正するよう、神殿側から王家に対して警告を出してもらうことにした。


「そもそも、神殿としてはバルカス王子に仮とはいえ王太子を名乗らせることに反対でした。王族の序列を乱しますから、当然です」

「雑草会も反対していたと聞きます」

「ええ。もちろん私も雑草会の会員ですから存じております。ですが、当時、血筋順位一位のダイアン国王が周囲の反対を押しきってしまった」


 神官は憤慨している。

 この件があるせいで、本来なら王家を積極的に支援するはずの神殿も、王族の親戚集団の雑草会も険悪な仲が続いている。


「まあ、オレはしばらくこの神殿に滞在する。いつでも会えるから遊びにおいで」


 それで話は一区切りだ。




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