真実の愛を免罪符に、王配は女王を殺して破滅した

 バルカス王子は、学園で出会った平民の女生徒ポルテを愛していた。


 柔らかな栗色の髪に澄んだオレンジ色の瞳の愛くるしい、無邪気な少女を。


 周りは遊びの浮気相手だと思っていたかもしれない。

 けれど本気で心の底から愛していたのだ。

 真実の愛と確信していた。




 事実ではなかったにせよバルカスは自分が王太子だと思っていたし、母親が王妃となってからも自分が他国の平民出身者だと悩んでいることを知っていた。

 同じ苦労をポルテにはさせたくなかった。

 だから、彼女を王妃にする選択肢だけは選ばないと決めていた。


 代わりに、ポルテを側に置くため婚約者のマーゴットをどう利用するか考えるようになった。


 幼馴染みで従姉妹のマーゴットは、バルカスにとって、とても鬱陶しい存在だ。

 同い年のくせに何かと姉貴風を吹かせて、説教くさい。

 血筋順位が一位というのも、始祖の鮮やかなネオングリーンの瞳も、中興の祖の女勇者の燃える炎の赤毛も気に食わなかった。


 持っている色彩が派手なのに、顔立ちが地味なところも。

 化粧っ気もないし、ポルテのような甘い香りも纏わない。


 美しく着飾ってバルカスの機嫌を取ることもない。


 だから思春期に入る頃にはもうバルカスはマーゴットのことが嫌いだった。




 だが、恋人ポルテはバルカスとの不貞を理由にマーゴットから鞭打ち刑を受けた後、学園を退学させられて家族ごと王都から姿を消してしまった。


 調べさせてみると、実態を知った父王の命令で家族まとめて国外追放されたという。


 バルカスは真実の愛の相手と引き裂かれてしまったのだ。


 それだけではない。

 自分の横領でマーゴットが家を失い路頭に迷う寸前だと知った後。

 ここでようやく、バルカスは真実を知った。


 自分が本当は王太子ではなく、王位継承権のない一王子に過ぎないことを。


 王妃の母の懇願によって、期間限定で仮の王太子を名乗る許可を得ていただけの存在と知って、愕然とすることになる。


 何もかもが間違っていた。


 王太子はバルカスではない。マーゴットだ。


 次期国王にバルカスが即位する可能性は、元から万に一つもなかった。

 マーゴットこそが女王となるのだ。


 血筋順位の“欄外”であるバルカスは、マーゴットと結婚して王配にならなければ、王家には残れない。

 爵位ぐらいなら貰えるだろうが、王家の縁戚として存在感を示せる公爵や侯爵は難しいだろう。


 せいぜい伯爵位ぐらい。それも、領地もない名誉貴族程度の扱いになると教えられて、バルカスは絶望に頭を抱えることになった。




◇◇◇




 既にまともな家のなかったマーゴットは王宮に居を移した。


 マーゴットはすぐに、正式にこれまでの王家の誤りを正す発表を行い、名実ともに王太女として返り咲いた。


 そしてバルカス王子に言った。


「ポルテを追いかけますか? 構いませんよ。ですが彼女を追いかけるなら、私との婚約を解消し、王族の籍からも抜けてもらいます」


 幼馴染みの気安さはなく、毅然とした態度で言われたバルカスは、苦渋の選択で学園卒業後、マーゴットと婚姻して王配となった。


 しかも既に、彼が本当は王太子ではなかったこと、王妃の我儘で称号を偽っていたこと、その誤りを正す公式発表がなされている。

 バルカスはすっかり立場がなくなってしまった。


 次期女王マーゴットの権利を害し困難に陥れた愚かな王妃と、そんな伴侶を持った国王は当然、退位となった。

 夫婦揃って離宮に半ば幽閉状態になり、以降の政治的発言力を取り上げられる。


 いつもなら母親の王妃に泣きつけばどんなことでも何とかなったのに、もうバルカスの我儘は王宮内で何も通らなくなった。




 だがまだ希望はあると思っていた。

 ポルテを探し出して秘密の愛人とすることなら可能だろうと考えていた。


 が、甘かった。


 婚姻の儀の後、女王に即位したマーゴットに子供ができるまで、王配バルカスから監視が外れることはなかった。


 子作りの寝室まで監視付き。

 もう嫌で嫌で仕方がなかった。


 バルカスは他人の目があるところでなかなか勃起できず、せめて監視を遠ざけてくれと頼むが周囲に鼻で笑われた。


 もう誰も、王宮でバルカスを尊重してくれない。




 王族女性や貴族女性に処女性が求められるように、女王の配偶者にも婚前の貞節が求められる。

 それを知らなかったバルカスが愚かだったのだ。

 たとえ、周りが教えてくれなかっただけだったとしても。


「バルカス。自由恋愛が主流の現代において、なぜいまだに王侯貴族が婚姻まで処女や童貞を推奨されているか。なぜ知らないの?」


 王族としての教育を受けているならば、知っているはずだ。

 夫婦の寝台の上でマーゴットが諭してきた。


 ああ、この女のこういう偉そうにバルカスに教えようとする態度が嫌いだ。


「そんなの古臭い因襲だ!」


 バルカスも王子時代に閨教育は受けていたが本気にはしていなかった。


「いいえ。例え妊娠しないよう薬を飲んでいてもね、性行為をすると互いに相手の魔力の影響を受けるの。特に女性のほうはね」

「?」


 これは知らない話だ。取り巻きたちとの猥談にも出てきたことのない話題だった。


「あなたの母親の元王妃は、あなたの父親と結婚する前に別の男と肉体関係を持っていたわ。平民だったからそれがいけないことだなんて、本人に自覚がないまま結婚したの」

「何の話なんだ?」


 とても厭な予感がする。


「大事な話よ。本来なら、あなたは血筋順位一位だった父親を持っているのだから、他国の平民女との子供であっても血筋順位の欄外まで落ちることはなかったはずなの」


 カレイド王国の血筋順位の面白いところは、文字通りの血筋より、始祖と中興の祖の持っていたハイヒューマンの“因子”をどれほど受け継いだかが優先される。


 煩雑な話になるから単純に血筋血筋といっているが、実態は少し違うわけだ。


「少なくとも女親が処女だったなら、あなたの父親が持っていた始祖と中興の祖の因子はそれなりの量があなたに受け継がれたはずなの。でも」

「………………」


 マーゴットの話の先が、バルカスにも予想できた。


「結婚前に様々な男と肉体関係を持っていたあなたの母親の肉体には、他の男たちの魔力が残っていたわけ。その影響が、あなたに受け継がれる始祖たちの因子を減少させた。結果はご覧の通りよ、欄外さん」


 血筋チェッカーを持ち、自分の額に白く浮き上がる1の数字を、マーゴットはバルカスに見せつけた。


 この話は、周囲にバルカスを諦めて新しい王配候補を探すよう勧められることの多かったマーゴットが、なかなかその踏ん切りがつけられなかった理由のひとつでもある。


 女王となるマーゴットは、極論を言えば誰の子供を産んでも『国王の子供』であることが保証されている。

 男の王と違って妊娠や出産は本人が行うから誤魔化しようがないためだ。


 ただ、次世代に血筋順位の高い子供を作るなら、不特定多数の男性と関係を持つのはいけない。

 相手の男性から受ける魔力の影響を考えると、やはり伴侶は一人のほうがいい。


 たった一人を選ぶなら、マーゴットの身近にいる選択肢の中ではやはりバルカスになってしまう。




 そしてマーゴットは、ループ前なら思ってはいても決して口に出さなかったことを、つい、ポロッと言ってしまった。



「他の女と婚前交渉した不潔な男を娶ってやったのよ。種馬の役目ぐらい果たしたらどうなの」



 真実の愛のポルテとの関係を不潔と言われて、バルカスは怒りに目の前が真っ赤になった。


「マーゴット! 貴様! 貴様ァッ!」


 その勢いのままマーゴットの首を絞めた。


「…………! ………………!!!」


 酸欠で赤く紅潮するマーゴットの顔、抵抗する細い手足。

 だが成人したばかりとはいえ大人の男であるバルカスにとっては、子供の手足を捻るようなものだった。難なく抵抗を抑えつけた。


 やがて動かなくなったマーゴットを見て、ようやくバルカスは我に返った。


「あ、あ……嘘だ、嘘だ、こんなつもりはなかった!」


 寝室の外が騒がしい。


「バルカス王配殿下? どうかなさいましたか?」

「来るな! 来るんじゃないぃッ!」


 廊下から護衛や侍女たちの声がする。

 寝室の中で何か異常事態が発生したと勘づいたのだろう。


 バルカスは寝台の上で死体となって転がっているマーゴットを見た。


 白いシーツに広がる赤い巻き毛。

 半開きの唇。

 片目の左目だけが見開かれたまま事切れている。


 ネオングリーンに輝く始祖の瞳がバルカスを見つめている。ように見えた。


「なぜだ、マーゴット。お前は最初から知ってたんじゃないか。俺が王太子じゃないことも。王太子と呼ばれていい気になっていた俺の立場が本当はすごく危ういことも!」


 そう、そして重要なのは。


「俺がポルテを愛していることだって知っていたはずだ!」


 そのポルテを鞭打ち、追放までしたマーゴットを、なぜ愛することができようか?




 この後、女王殺害が発覚した王配バルカスは、マーゴットとの婚姻無効の上で王族の身分を剥奪された。


 反省の意をまるで見せなかったことから、情状酌量の余地なしと判断され、擁護する者もないまま絞首刑によってその命を終えた。


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