家なき令嬢

「オズ公爵家の屋敷はもうありません。嘘だと思うならご自身の目で確認されると良いでしょう」


 今の自分の住まいにも案内すると言ったマーゴットに、国王を始めとした一同は頷いた。


 もうその日は国王も宰相も執務どころではない。

 そこで国王夫妻とバルカス王子、宰相を連れて王家の馬車でまずマーゴットのオズ公爵邸へ向かった。


「何ということだ……」


 マーゴットの言う通り、小規模ながら王弟の公爵家の屋敷があった場所は見る影もない。

 家屋は取り壊され、瓦礫の山になっている。


「先日のバルカス王子殿下の不貞への慰謝料が正しく支払われていたら、ここまでする必要はなかったのですが……」


 もうオズ公爵家は屋敷の維持もできないほど困窮していた。

 そこで王都の不動産屋に屋敷ごと土地を売却した。

 屋敷は老朽化していて修繕するより新しい建物を建てたほうが早いそうで、早々に建築会社が立て壊したのである。

 腐っても公爵家の屋敷跡だ。土地は更に高く転売できるわけで。


 バルカス王子も、オズ公爵家跡を目の当たりにして言葉を失っている。

 それはそうだろう。子供の頃から頻繁に遊びに来ていた屋敷だ。

 彼にとっても隅から隅まで熟知した馴染みの場所でもあった。




 次にマーゴットが一同を案内したのは、王都の外れにある、オズ公爵家の庭園型霊園だった。

 マーゴットの両親はここに眠っている。


 その敷地内にある、平家の管理小屋へ。


 そこは、作業場を兼ねた台所とベッドルームだけの小さな小屋だった。


 小屋の中では、オズ公爵家の侍女長と執事長が一同を出迎えた。


「ここは……使用人の家か?」


 思わず、といったように漏れた国王の言葉に、マーゴットは否定に首を振った。


「いいえ。屋敷を売り払ったわたくしの手元に残った住まいです」

「だ、だが、こんな狭い家にどうやって使用人二人と一緒に公爵令嬢が住めるというのだ!」


 その疑問には侍女長が答えた。


「ベッドルームは主のお嬢様のものです。侍女長の私と執事長は台所で寝起きしておりました」


 本来なら管理人が昼間だけ過ごす小さな小さな小屋には風呂場もない。

 便所は建物の外だ。


「恐れながら申し上げます、国王陛下。この国で最も尊いお血筋の姫君をこのような境遇に貶めたこと。お恨み申しますぞ」


 不敬を恐れず訴えた執事長を、国王はさすがに咎めることはできなかった。





 そもそも、マーゴットの父は国王の実弟だった。

 二人しかいなかった王子のうちの第二王子だ。

 本来ならスペアの王子として王族のままだったはずだ。


 だが、彼は兄王子が他国の平民女を真実の愛の相手として正妃に据えたことに理解を示し、余計な火種の元とならないように自ら臣籍降下してオズ公爵となった。

 そして、元々の兄の婚約者だった王家の遠縁の侯爵令嬢を娶り、マーゴットを儲けた。


 そのような立場だから、オズ公爵家は領地もなく細々と王都の屋敷ひとつ持って、王家からの支援金で生活していた。


 ただし、血筋順位二位だったマーゴットの父は現国王に何かあった場合の代役スペアであることの責任は忘れていなかった。

 それもあって、臣籍降下しても王位継承権を返上することもなかった。


 王弟と王家の遠縁の娘との間に生まれたマーゴットがバルカス王子より『王族の血』が濃い理由である。




「だが、なぜここまで困窮することになっている!?」


 いくら支援金が奪われたからといって、こんな庭園墓地内の管理小屋で生活しなければならないほど困窮する理由はなかったはずだ。


「弟は臣籍降下する際、父の先王や母から財産分与を受けている! 亡くなったとはいえ、娘のマーゴットが公爵家としての品位を保つに十分な資産はあったはずだ!」


 そう。本来ならば、そうだった。


「恐れながら。この現状を作ることになった原因は王妃様にございます」

「ど、どういうことです!?」


 これには王妃も寝耳に水だった。


 だがマーゴットは追求の手を緩めるつもりはなかった。




 マーゴットの両親は数年前、王都に蔓延した流行り病で亡くなっている。


 臣籍降下した身とはいえ王弟で王位継承権を持つ父とその妻の母は、本来なら王家の墓地内に埋葬される権利があった。


 だがそこに、メイ王妃が言ったのだ。


「国王陛下の弟君に相応しい墓地を庭園として作りましょう」と。


 両親を亡くして沈んでいるマーゴットを励ましながら、葬儀の手配を周囲に命じていたのも王妃だ。

 そして命じるだけで、詳しい実務の采配や確認は行わなかった。


 公爵夫妻の葬儀や、彼らを葬るための霊園、庭園墓地の造園などはいったいどこから費用が出たのだろうか?


 王家に予算は計上されていなかった。

 マーゴットのオズ公爵家が負担したのだ。

 領地もない王都の屋敷住まいの小さな公爵家が。


 それでも、その莫大な費用は両親の持つ宝物や宝飾品を売り払うことで何とか賄うことができた。


 その頃には数十人いた公爵家の使用人は執事長、侍女長、料理長の三人だけしか残らなかった。

 皆、マーゴットの両親に恩があるからと、薄給でも残ってくれたのだ。

 そしてこの小屋に移り住む頃には料理長も解雇せざるを得なかった。彼には養わなければならない家族がいたから。


「わ、私はそんな、公爵家を困らせるつもりなんてなかったわ!」

「ええ、そうでしょうね。でも王妃様の側近たちは公爵家からの訴えをあなたや陛下に伝えなかった。結果、我が公爵家は資産を大きくすり減らしてこの有様です」


 他国人とはいえ平民出身初のメイ王妃は国民の人気があった。

 国王は、貴族令嬢にない彼女の天真爛漫さを愛したが、それはマーゴットのような被害を受けた者からしたらただの無神経だ。


 マーゴットだって、何もしなかったわけではない。

 何度も何度も国王に手紙を書いて困窮からの救済を訴えたが、王妃の側近たちの手で届かないように阻害された。

 直接国王に相談しようとしても、面会の許可を却下されたことも一度や二度ではない。


 王妃の側近たちも、マーゴットの境遇が明るみに出れば、さすがに王妃もただでは済まないと理解していた。

 だからマーゴットのほうを犠牲にしたのだ。


 それはとても愚かなことだった。

 彼らとて真の王太女がマーゴットであることは知っていたはずなのに。




 この国は王侯貴族制の国には珍しく、王族や貴族と平民の婚姻に忌避感が少ない。


 中興の祖に平民出身の女勇者がいるためだ。

 だから国王と平民の王妃でも問題はなかった。


 ただし、その平民が自国民であればだ。

 国王は王太子時代の留学先の学園で見初めた平民の少女と恋に落ち、自国に連れ帰って婚約者にして、やがて即位と同時に婚姻を結んだ。


 だが、文化も風習も違う他国人の王妃は、平民層出身ゆえに、王妃としての執務を行う能力がなく、身に付くこともなかった。


 せめてもと社交だけは精を出していたが、貴族社会を基本的に理解していないので、人々の間を掻き回す言動が多かった。


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