オズ公爵令嬢マーゴットの現実
オズ公爵令嬢マーゴットは、円環大陸の北部にあるカレイド王国の貴族令嬢だ。
王弟の父公爵と、王家の遠縁の母との間に生まれた一人娘である。
マーゴットは父の兄である国王の一人息子、同い年のバルカスの婚約者となることが物心つく前に決められていた。
だが、結果はご覧のとおりだ。
バルカスは学園の卒業式に、婚約者だったマーゴットに婚約破棄を突きつけた。
それのみならず、衆目の前でマーゴットの眼球を抉るという凶行を犯し、そして殺害した。
こんな結果に終わってしまったけれど、マーゴットとバルカスは、幼い頃はとても仲が良かったのだ。
二人は従姉弟同士の幼馴染みで、マーゴットの両親が流行り病で亡くなるまでは、勉強も遊びもいつも一緒だった。
実のところ、この国の王族ではマーゴットが王位継承権一位、かつ次期女王だった。
なぜか?
国王が結婚して王妃にした女性が、他国出身の平民女性だったからだ。
結果、国王夫妻の間に生まれたバルカス王子の血は、王家の王族たちの誰よりも薄まり、それに伴って王位継承権が大きく下がってしまったのだ。
それでもバルカス王子を王家に残したかった国王と王妃の思惑によって、筋目正しき王家の血を引く王弟の令嬢マーゴットとの婚約が決められた。
バルカス王子はマーゴットの婿扱い、王配予定だった。
そう、この国の王太子、いや女性だから王太女はマーゴットなのである。
だが、王妃の懇願があった。
「他国の平民女の私を母に持ったことが、バルカスの罪なのでしょうか? お願いします、国内の公の場だけでも、バルカスを王太子として扱ってくれませんか!」
王統譜に記載される王太女はもちろんマーゴットだし、バルカスは現国王の王子に過ぎない。
それでも、二人が婚姻を結ぶ学園卒業までの間だけでもバルカスに王太子を名乗らせてやってほしい。
そんな王妃からの愚かな願いを憐れに思った国王やマーゴットの父の王弟公爵が了承してしまった。
「婚姻の儀の際に、本来の地位と称号を正す発表を必ずします。だから、それまではバルカスを仮の王太子と扱ってやってほしいのです」
マーゴットはてっきり、このことをバルカス本人も知っていると思っていた。
だから、まさか彼が王配として王家に残るための必須条件であるマーゴットとの婚約を破棄すると言い出したことに、とても驚いた。
(王太子は自分で、次期国王となる。だから気に食わない私を捨てて、好きな女性と結ばれることを選んだ。……お父上の国王陛下と同じね)
愚かな行為だったが、そんなバルカスでも従兄弟であり幼馴染みだ。
マーゴットには見捨てられなかった。
それからマーゴットは、何度も何度も同じ人生のシーンを繰り返した。
最後は必ず学園の卒業式でバルカス王子に婚約破棄され、眼球を抉られ、殴られて死ぬ。
大筋の流れはいつも共通していた。
マーゴットが物心ついた頃には既にバルカスとの婚約が結ばれている。
王妃が、一王子に過ぎないバルカスに王太子を名乗らせてやってほしいと関係者たちに懇願する。
マーゴットの両親が流行り病で亡くなるまでの、学園に入学前までは二人の仲はとても良い。
学園に入学してから、バルカス王子は良くない者たちと交友するようになって、やがてポルテという平民の女生徒と関係を深めていく。
そして学園の卒業式の日、バルカス王子は婚約者のマーゴットを冤罪で貶め婚約破棄を突きつける。
そのとき、婚約破棄したバルカスでは王になるどころか王族に残れない。
そう真実を告げたマーゴットは、バルカスに暴力を振るわれ命を落とす。
「これは始祖たちの力ね……。私は先祖返りしてしまったのね」
同じ人生を幾度か繰り返して、そう結論づけた。
ループはマーゴットの意思ではない。
その上、コントロールも効かない。
カレイド王国の王族の始祖は、ハイヒューマンとも言われるハイエルフがいる。
その血を受け継いだ王族には、時折、鮮やかなネオングリーンの瞳を持つ者が生まれる。
今の王族ではマーゴットがその数少ない一人だ。
そして、王国の歴史の中で中興の祖と呼ばれる女勇者がいた。
燃える炎そのものの色の赤毛を持った元平民の女伯爵で、強い魔力使いでもあった彼女は、かつて王国を襲った巨大な魚の魔物を退治した英雄である。
彼女は子持ちの寡婦だったが、後に当時の国王に見そめられて沢山の子を成した。
この、女勇者と亡夫との間の子供たちからの子孫は、勇者と同じ赤毛が多い。
女勇者と国王との間の子たちからの子孫には、王家の始祖のハイエルフのネオングリーンの瞳は稀に。
女勇者の赤毛は出やすい。実際、バルカス王子の父王と、その弟のマーゴットの父公爵は赤毛だ。
両方を持つ者は稀だが、一時代に一人は出る。
マーゴットは始祖の瞳も、女勇者の赤毛も、両方を持って生まれてきたレアケースだ。
そして、彼らが持っていた魔力もそれなりに受け継いでいる。
時間を遡ってループする力は先祖から受け継いだ何かしらの力なのだろう。
対する国王と王妃の一人息子バルカス王子は、王妃と同じ金髪と青目の美男子だったが、王家に受け継がれる色や特徴をひとつも持っていなかった。
容貌が父親似なので間違いなく国王の息子だが、始祖や中興の祖の女勇者への信仰の強いカレイド王国では、国民への求心力が弱い。
そこで王家は、筋目正しき王家の血を引く王弟公爵の娘マーゴットと婚姻させることで、次世代の王族の血や外見的特徴を回復させようとした。
「陛下と王妃様の親心だったんだけどね。バルカスは見事に無駄にしたわけ」
マーゴットは自分の顔、目元に手を当てた。
目はちゃんとある。両方とも。
部屋を見回した。
自分の家、公爵邸の自室だ。
部屋の中は薄暗く、カーテンの隙間から朝陽が僅かに差し込んでいる。
まだ早朝で、マーゴットはベッドの中にいた。
もう少し経つと侍女が起こしにくるはずだ、と思ってまだベッドの中で微睡んでいたが、一向に誰もくる気配がない。
「やだわ、専属侍女なんてもういないの忘れてた」
父親だった王弟公爵が母と一緒に数年前の流行り病で亡くなってから、マーゴットのオズ公爵家は零落する一方だ。
ついには、大半の使用人たちを解雇して、身の回りのことは自分でやらなければならないのだ。
これが、次期女王への即位を定められているはずのオズ公爵令嬢マーゴットの哀しい現実だった。
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