聖女見習いルネの秘密ー転生前は悪役令嬢でしたー
茜カナコ
第1話
「ルネ、畑の世話は終わったのか?」
「はい、旦那様」
「それじゃあ今日は帰って良いぞ。ほら、今日の給料だ」
「ありがとうございます」
ルネが雇い主から渡されたのは、カビかけの固いパンと、小さなチーズの欠片だった。
ルネはとぼとぼと歩き一人で暮らす小さなぼろ屋に帰ると、ため息をついた。
「ふう、今日も疲れた。沢山働いたのに、手に入ったのは今日と明日の食事だけ……」
ルネは棚の上に置かれた、二人目の父と母の指輪を見てボンヤリと思った。
「……生まれ変わったら、聖女を目指すつもりだったのに……ここじゃ、何もできやしないわ…」
ルネが質素な食事を終えて、もう寝ようとしたときに村が騒がしくなった。
「なにかしら? こんな時間に……」
ルネが外に出ると、村中の人が広場に集まっていた。
ルネは人混みをすり抜け広場の真ん中を見ると、そこには美しい女性と強靱な肉体を持った男性が、村人達の訴えを聞いていた。
「聖女ソーラ様がこんな村にきてくださるとは……」
村長が話しかけている美しい女性は、優しい微笑みをたたえている。
聖女と聞き、ルネは人混みから飛び出した。
「あの、聖女様……ですか?」
「あなたは?」
「私はルネです。聖女様、どうか私を弟子にして下さい! 私は聖女になりたいんです!」
それを聞いた屈強な男性は、呆れたように言った。
「なんだ、君は。突然現れて弟子にしてくれだって? 聖女様に失礼だとは思わないのか?」
聖女ソーラはルネの目を見つめ、その小さな手をつつむようにやさしく握った。
「貴方からは、何か……特別な魂を感じます」
ルネはドキリとして、手を後ろに隠した。
「……何か事情がお有りのようですね、ルネさん」
ソーラは首をかしげて、ルネに話しかけた。
「ルネは両親を亡くし、一人で暮らしております」
村長がソーラに言った。
「まあ、そうですか……それはお気の毒です」
ソーラはルネをじっと見つめてから頷いた。
「いいでしょう。聖女見習いとして、一緒に旅に出ましょう」
「ソーラ様!?」
大きな声を上げた男性に、ソーラは言った。
「ルネさんからは、強い意志を感じます。ジョイス、聖女見習いの仕事をネルさんに教えてあげて下さい」
「ええ!? 本当に一緒に旅をするつもりですか!?」
ジョイスはジロジロとルネを見た。
「こんな子ども、旅の邪魔になるだけですよ?」
「……失礼なことを言わないで下さい、ジョイスさん」
ルネはジョイスに言うと、人の居ない場所にある朽ちかけた柵に向かって手を向けた。
「ファイアボール!!」
炎の球がルネの手元から放たれ、柵が燃えた。
「私、魔法も使えますし、薬草の知識もあります。すこしは役に立つはずです」
「……どこで覚えたんだ!?」
ジョイスはルネに強い言葉で訊ねた。
「……まあまあ、細かいことはいいではありませんか。ルネさん、これからよろしくお願いします」
「ありがとうございます、聖女ソーラ様!!」
「ソーラで結構です」
「では、ソーラ様。これからよろしくお願いします!」
ルネは嬉しかった。
聖女になるための一歩を踏み出せたのだ。
(……前世のことは、秘密にしておきましょう……)
極悪非道の辺境伯令嬢と呼ばれ最後は死罪となった過去は、誰にも知られてはいけないとルネは思っていた。
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