最終話 オレたちのアクラーゼ
みもりたちとの激戦を越えた、その翌日。
放課後。亜土は旧部室棟に向かった。
魔王城崩壊後してからすぐに学園を去っていたので、数日前に久しぶりに帰ってきてからはクラスメイトの質問責めや、講師たちとの打ち合わせ、父親と将来についての相談やらなんやらでずっとバタバタしていた。
だからこうして旧部室棟の廊下を歩くと、自分の日常が戻ってきたのだと実感する。
木張りの床を歩いていき、立てつけの悪い扉をノックした。
「みんな、もうきてるかな?」
亜土が教室に入ると、三人娘は席にきちんと座っていた。
「おかえりなさい亜土先生!」「亜土せんせー、おかえりー」「遅いですよ、亜土さん」
少女たちは、三者三様の笑顔を見せてくれた。
亜土は教壇まで歩いていき、少女たちにニッコリと微笑んだ。
「ただいま、みんな。また今日からよろしくね」
秋晴れの教室。笑顔の少女たち。
もう戻ることはないと思っていた日常。
亜土は教壇に両手をつきながら、少女たちの顔をじっと見つめる。
「またみんなとこうして放課後に出会えるなんて、本当に本当に」
亜土は言葉を溜めてから、そして目を細めた。
「……なんでまた、
そう含みを持たせて言うと、三人はちょっと目をそらした。
みもりたちの貢献を考えれば旧部室棟にいるのはおかしい。
いまだ問題児扱いは本来ならありえないはず。
魔王城復活前とはいえ、小学生が魔王を倒した。小さな勇者たちの活躍は、すでに世間に知れわたっている。
しかも三人そろって容姿端麗だから、そりゃあもう世間は盛りあがった。
取材依頼なんて山のようにやってくる。
ただ学園側は時期が時期だけに、外部を煽るようなことはしたくなかったのだが、あまりにも話題になって沈静化する様子がなかったため、急遽、記者を集めてインタビューの席を設けた。
学校の講堂をつかったインタビューの場に、たくさんの記者たちが集まっている。
三人娘は登壇席に座らされ、彼らの視線を浴びていた。
『――ズバリ、魔王討伐の決め手はなんでしょうか?』
若い女記者が、登壇席にいる三人娘に質問した。
ちなみにこの時点で、緊張したみもりが足元からポポンッと花を咲かせていたらしい。
『愛の力だよー❤ アガペーアガペー❤』
リリカナの返答に、女記者がちょっと戸惑う。
『あ、愛……? えーっと、感情を操ったのでしょうか?』
『愛だよ愛ー❤ 悪いことしちゃダメでしょーって、魔王ちゃんと話しあったわけなのー』
『話し……? 魔王とですか?』
『うんー。やっぱりねー。世界は愛が必要なんだなーって魔王ちゃんも考えてたみたいー』
『……黒桐さんは黒桐流の使い手として、当代と遜色ない強さと聞いています。やはり、門外不出の秘伝の技があるのでしょうか?』
妙な質問に、リリカナは首をかたげた。
質問の持っていきかたがあまりに不自然すぎたので、マキドが口を挟む。
『リリカナは黒桐流を使いますが、魔王との決着の要因はそれだけではありません』
『つまり偉大な両親の血を受け継いだ、妻夫木さんの力もあってのことと?』
『はい?』
『大魔法祭で、母親の妻夫木ミシュエール氏を大魔法で破ったと聞いています。やはり両親のように将来は勇者を目指すのでしょうか?』
突然、両親をからめてきたのでマキドは困惑した。
女記者の質問を皮切りに、次々同じような質問が飛んでくる。
『黒桐流はー』『勇者はー』『妻夫木氏はー』『人魔大戦時―』
などなどなど。
記者たちは家名や親の名前を引きあいにしながら、親とセットで少女たちを英雄として売り出す気満々な質問をしてきた。
マキドが受け流そうとしても、それでも両親の名前が持ち出される。
リリカナが愛だよーと言っても、さすが黒桐流と褒めたたえられた。
『北条さんの魔力は絶大だと聞いていますが、ご両親から特別な訓練を受けたのでしょうか?』
女記者の質問が、大人しかったみもりに飛んだ。
絶大な魔力のせいで大魔堂学園に来ざるを得なかったみもりには、あまり掘り下げられたくない話題だ。
それを知っていたマキドが、リリカナに告げる。
『リリカナ。愛の力、思い知らせてあげなさい』
『はいはーい。みんなー注目ー、愛の力を教えてあげるねー』
リリカナは立ちあがり、人差し指を記者団に向けた。
『そーれ、魅了術―❤』
リリカナは魅了術をぶっぱした。
あとはもう大騒ぎ。
トドメで、みもりの魔力暴走でそりゃもうしっちゃかめっちゃかになったらしい。
亜土はこのとき学園にいなかったので惨状は見ていないが、又聞きでも思わず耳をふさぎたくなるヤラカシっぷりだった。
騒動の後始末は、かーなーり大変だったらしい。
マキドたちが起こした騒動は『一か月間もモンスターはびこる学園に閉じこめられていて、情緒不安定になっている』で話がすんでいる。亜土が学園に帰ってきたとき、初等部の講師たちが帰還をすごく喜んでいたのが不思議だったが、話を聞いてさもありなんと思った。
(インタビューでオレの話は出せなかったにしても、これでまた問題児に逆戻り……。いやそもそも魔王城攻略時も活躍はしていたけど、問題児扱いなのは変わりなかったような……)
現在、マキドたちは補欠という名の謹慎扱いだ。
「……まあ、またみんなの力になれるのは嬉しいと思っているよ」
亜土は苦笑しながら三人を見つめる。
また補欠扱いになっても三人は特に堪えてなさそうで、もしやこの状況を作り出すためじゃなかろうかと、ちょっと勘ぐった。
「さて、訓練の前に……新しい問題児を紹介しようか」
「はいっ! 待っていましたっ!」と、みもりが笑顔で拍手する。
「あはーっ、どんな問題児だろー」と、リリカナが楽しそうに微笑んでいる。
「ちょっと! 私たちを問題児扱いしないでください!」と、マキドはぷりぷりと怒った。
誰が来るのかは、三人とも知っている。
亜土はそのために、学園をしばらく去っていたのだから。
「それじゃあ入って」
亜土が入室を促すと、ガラガラと扉がひらいた。
紫髪の女の子が入ってくる。
女の子は、人を小馬鹿にしたような微笑みをたたえ、ひねくれオーラを醸し出している。
身長がちぢみ、みもりたちと同じぐらいの背丈になった女の子は、そして黒板に文字を書いた。
「
ルシアナはそう言って、ぺこりと頭を下げた。
「ルシアナちゃん、よろしくねっ」「わぁーい、問題児がまた増えたー❤」「だから! 私たちは問題児じゃありません!」
「あははっ、インタビューの話は聞いたよー? さすが、ボクを倒した問題児だねー」
「ぐうう……」
ルシアナに笑われて、マキドは悔しそうにした。
「妙な動きをしたら遠慮なく大魔法でぶっ倒しますからね!」
「ああ、それでかまわないよ」
「……さらりと言いますね。今の姿になって、力をだいぶ失くしたと聞いていますが?」
「青春はそれぐらい緊張感があったほうが、楽しめそうだからさ」
恥ずかしいことを言いのけたルシアナに、マキドはぶーっと唇を尖らしてそっぽを向いた。
一応、新しい問題児は受け入れたらしい。
(……ホント、なにがどう役立つかなんてわからないもんだな。鬼洞の技が、ルシアナを助けることになるなんて)
鬼洞の技は、関節や臓器を壊してから急所を狙いにいく。
そこに、鬼洞の秘奥があった。
鬼洞の技は、元々外科行為だ。
現象が異形になった者、異形に堕ちた者の禍々しい外殻をとりはらい、原因となった暗部を摘出するのが鬼洞の始まりらしい。
だから亜土は魔王城が崩壊するとき、ルシアナの魔力にただよう邪気をとっぱらい、『魔王の祝福』を破壊した。核を破壊されて、消えるだけのルシアナだったが、亜土はその前にユニークスキルで契約したのだ。
(オレの魔力と想像力でおぎなう作戦は大成功。ルシアナは女の子のままでいられたけど……周りの人を説得するのは大変だったな……)
ルシアナの存在を知っているのは、ごく一部のみ。
氷華は、もちろん大反対だった。
なにをしでかすかわからないし、
だから亜土は筋をとおすため、氷華と
里ではトラブルありーの、大冒険ありーの、ラブロマンスありーのと色々あったが。
最終的に、氷華が折れた。
『条件があるわ、高坂君。……一生、私を甘やかすこと』
そんな約束もしちゃったりしていた。
あとはルシアナを安心院家の娘として戸籍をいじり、学園に通える許可をだした。
(里の人に、監視するようにも言われたんだよな。どの道ルシアナは、オレの
ただ、ちょっとした疑問点があった。
ルシアナは身長がちぢんでいる。
11歳の女の子みたいになっている。
亜土はその理由をなるべく考えないようにした。きっとルシアナの魔力量が減ったからだ。そういうことなのだ、としていた。
「――それに、ボクも馴れ合いすぎるのは面白くないと思っているしね。ボクもこうして亜土先輩の願望どおりに小さな身体になったことだし、恋のライバルとして参加するよ」
ルシアナは爆弾発言を速攻で投げつけてきた。
「ルシアナ⁉ ルシアナさん⁉」
「? 亜土先輩はなにを動揺しているんだい? 先輩がロリコンなのは周知の事実だろうに。ほら、今のボクはこんなにもロリロリボディじゃないか」
「ちがうって! ルシアナの魔力量が減っているだけだって! そうだよな⁉」
誰も亜土の疑問には答えてくれなかった。
代わりに、恋敵センサーがうにょーんと反応した、みもりが立ちあがる。
「恋のライバルって、ど、どういうことかなルシアナちゃん⁉」
「どうもこうもないさ。ボクは独占欲が強いほうだからね、亜土先輩を独占したいんだ」
「なるほど……っ、ルシアナちゃんはハーレム否定派なんだね!」
「……なるほどじゃないよ。倫理的にもハーレムは否定するよ」
元魔王は正論を言ったが、みもりは愛のためならば倫理なんてゴミ箱にぽいちょしたという顔でいた。
「わかった。ルシアナちゃんがそーゆーのなら、わたしも手加減はしないよ!」
「言っておくけど、回数はボクのほうが多いからね。かなりリードしているよ」
「回数……? 回数…………⁉」
みもりは回数の意味をハッと察して、亜土の顔を見つめてくる。
亜土はバッと目をそむけたが、マキドにガッと手をつかまれた。
「どういうことですか? 亜土さん」
「ちが、ちが……ちがうんだ……」
目を泳がせている亜土の代わりに、ルシアナが答える。
「ボクは亜土先輩のユニークスキルで、この世界に顕現できている。つまりは、まあ儀式契約をしたわけだけど、魔王城崩壊の最中、濃密な契約をできるわけがないよね?」
リリカナが納得したように、ぽーんと手を叩いた。
「あーっ、鬼となった亜土せんせーといっぱいしてたんだー❤」
「まあね、魔王城で他にやることもなかったし。愛する人と二人きりでいたらそりゃあね? 鬼となったことで性欲が無尽蔵になったのか、そりゃもうね?」
ルシアナがにまーっと笑い、教室に混沌を運んできた。
マキドが亜土の制服をガシガシと引っぱってくる。
「亜土さん⁉ ルシアナに
「そ、そんなことないよ……。一要因ではあるかもしれないけれど……」
「私たち以外の小学生の女の子に手をだしたんですね⁉ このロリコン!」
「契約前は、まだルシアナは大きかったし……」
「それでも中学生ぐらいだったじゃないですか⁉ 何回ですかっ! 何回⁉」
「そ、そもそも、オレは鬼の記憶を引き継いだけであって……」
亜土がどういえばマキドに納得してもらえるか言葉を探していたが、ルシアナがさらに場を煽った。
「少なくとも百回以上だよ」
「亜土先生と百回以上⁉」「わーぉ❤」「百回以上ですって⁉ 亜土さんが鬼になっていたの一週間ぐらいですよね⁉」
亜土とルシアナの回数に、三人娘は驚嘆した。
「亜土先輩、途中から服を着るのもめんどくさくなったのか、半裸でいたぐらいだよ」
「鬼のオレが半裸だったのはカッコつけるためじゃないのかよ⁉」
ちょっと予想外の事実に、亜土もツッコミをいれてしまった。
しかし、少なくとも百回以上。
ルシアナとの大きなひらきを知って、みもりとマキドは愕然とした表情でいて、リリカナだけは嬉しそうにニマニマしている。
「まっ、亜土先輩との100回以上の深い繋がりがあったおかげで、ボクは世界に顕現できたわけだ。あははっ、本番と中にダされた回数、それに試した体位の数々といったらもう……。お口ご奉仕もふくめたらもっとかな? 亜土先輩には随分と仕込まれたよ。そうだね、君たちが1アクラーゼぐらいだとしたら、ボクは100アクラーゼといったところかな?」
ルシアナはよくわからない単位を持ち出して、勝ち誇ったように微笑んだ。
単位の意味はわからないが強い敗北感に、みもりがぎゅっと亜土の手を握ってくる。
「亜土先生! 今からわたしと教室でアクラーゼしましょう!」
「みもり⁉ アクラーゼが隠語になっているぞ⁉」
マキドは冷静に戸締りしていた。
「マ、マキド? なんで戸締りをしているんだ? どうして、人よけの結界を……」
「……本日中に、10アクラーゼですよ。亜土さん」
リリカナが、ぽんと亜土の背中を叩いてきた。
ニコニコ笑っていて助けてくれそうな表情だが、絶対にそうじゃない。
「リリカナちゃんも魔力探知して、近づく人がいないか監視しているから大丈夫だよー❤」
「全然大丈夫じゃないって⁉ オ、オレさ、昨日の今日で……!」
「みーんなでいっぱいアクラーゼしようねー❤」
リリカナの瞳に、ハートが描かれている。
みもり、マキドも、そしてルシアナもだ。
「亜土先生」「亜土せんせー」「亜土さん」「亜土先輩」
少女たちがにじり寄る。
実力は彼女たちがとっくに上だ。三人集まればハチャメチャに強い少女たちに、さらにルシアナがいる。抵抗したところで敵うわけがない。
新たに増えた問題児はさらなる混沌をまねいてくる。
彼女たちの未来はどんなふうに輝くのかわからないが、誰よりもまぶしく、騒々しく輝いているのは容易に想像できた。
亜土たちのアクラーゼは、まだまだこれからはじまったばかりだ。
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