第54話 大魔法祭③

 妻夫木ミシュエールの名が、ランキングに浮上する。


 氷華がまさかの敗北。スマホから少し目を離していたあいだに、一体なにがあったのか。亜土は慌てて中継動画を見る。


 試合を観戦していたはずのリンですら我が目を疑っていた。


『え、ええ……っと、特別参加の妻夫木ミシュエール氏が、安心院先輩に挑戦して……も、申し訳ありません。わたしではなにが起きたのかサッパリわかりません』


 リンは礼流レルに視線をふったが、礼流も姉の敗北が信じられない様子だ。


 動画では、氷華とミシュエールの戦闘をもう一度再生していた。

 ミシュエールは全方位の氷尖槍アイスランスを歩きながら避けて、吹き荒れる氷竜巻アイストーネードをちょいと指先で押し返しみせる。


 ただそれだけだ。

 氷華の魔法をそのまま利用して、ミシュエールは簡単にトロフィーを手に入れていた。


(なんだ? ミシュさんはなにをしたんだ???)


 亜土も状況を理解できずにいると、さらに目を疑う光景が飛びこんでくる。

 ミシュエールが、リンたちのいるアナウンス席にあらわれたのだ。


『はいはーい、今、話題沸騰中の妻夫木ミシュエールでーす。ミシュちゃんって呼んでくれると嬉しいなー』


 てへるんと、ミシュエールは可愛らしいポーズをとった。

 突如あらわれたミシュエールに、リンがひっくり返りそうなほど驚いた。


『ええええ⁉⁉⁉ つ、妻夫木氏⁉⁉⁉ ど、どうして⁉⁉』

『説明するとねー、氷華ちゃんの魔力甲装アクラーゼはお祭り用に出力を下げているの。ほんとなら魔力どころか体力すら奪う結界だけどー、さすがに防護魔法だけじゃあ安全に気を配れないものねー。おかげでワタシから魔力の干渉ができたわ~』

『は、はあ……説明されても、わたしにわからないのですが……い、いえ、どうしてと言ったのは、なぜ妻夫木氏がここにいるのかです! 今も勇者部の試練チェックポイントにいるじゃないですか⁉』


 リンの叫びに呼応するかのように、ミシュエールのランキングがどんどん浮上する。

 すぐに、トップまで切迫した。


 亜土たちも、リンも礼流も、動画のコメントも動揺している。


 すると、中継動画が、各試練で活躍しているミシュエールを映しだした。

 あっちにもミシュエール。こっちにもミシュエール。

 ミシュエールだらけだった。


『こ、これは……妻夫木氏が、いたるところで増えております……?』


 リンの実況は、もはや感想になっていた。

 動揺しているリンと礼流の側で、ミシュエールは愛らしく微笑んでいる。


『大魔堂学園の生徒のみんなには残念だけれどー、ワタシは参加した以上トップを狙うつもりでいまーす。でも安心して欲しいの』

『あっ……⁉ た、ただいま運営委員会より連絡がきました! 大魔法使いクランド・ウィッチである妻夫木ミシュエール氏には、特別ルールが適用されるとのことです!』

『増えたワタシを倒せば、なんとワタシのポイント丸々ゲットでーす! 闘うまえに防護魔法をちゃんとかけるから、お気軽にどんどんワタシに挑戦してみてね』


 ミシュエールはWピースサインでニコニコ笑っている。

 コメントでは『白髪美少女ロリ最高すぎんか?』『妻夫木マキドの母親だぞ』『姉じゃなくて⁉⁉⁉』『合法か⁉⁉⁉』と流れていて、マキドが親の醜態に心苦しそうにしていた。


 と、ドッゴーンと休憩所近くで爆発音が鳴った。


『あら~? さっそくワタシに挑んできた子がいるわねー。いいわーいいわー、若者は元気でいなくちゃね。マキドちゃーん、動画をみてるー? みてるよねー? マキドちゃんが優勝して特例で余計なことをお願いする前に、そっちにお邪魔するわねー?』


 お邪魔なんて言葉は軽いが、マジで邪魔する気なのだろう。

 増えたミシュエールの原理はわからない。マキドも理解に苦しむ表情をしているので娘も知らないことだ。


 なら今は対策を練るのではなく、状況を有利にすべく動くべきだと亜土は思った。


「妻夫木さん! 多数戦を想定して、有利な地形を探すんだ!」

「っ……この休憩所から北に100メートル地点なら、森が深くて奇襲・乱戦にもちこみやすいです! 行きましょう!」


 マキドたちは休憩所を急いで離れ、深い森の中まで駆けていく。

 ミシュエールがお邪魔すると言ったからには、居場所はバレているのだろう。彼女がやってくる前に、森に設置型のトラップ魔法をしかけておきたかった。


 が、木々の隙間でただよう彼女の姿を見つけてしまう。 


 ミシュエールが空にただよっている。

 杖に腰をかけて、お空から笑顔で手をふっていた。


「やっほー、みんなのミシュちゃんが会いに来たよー」

「「「魔力甲装アクラーゼ」」」


 三人娘は同時に魔力甲装アクラーゼを展開する。


「わー、戦闘態勢ー。ママを完全に狩る気。そーれ、防護魔法結界てんーかい、これで大怪我しなーい安全確認よーし。かーらの光華雨フォトンレイン


 天を覆うようなドーム状の防護魔法結界が周辺の森に展開する。


 そして、上空から光の魔法が降りそそいできた。

 幾何学的な光線が木々の隙間をぬうように飛来して、まるで雨のように襲いかかる。


「黒桐流、噛みしぐれー!」


 長さ九尺三寸(約290cm)の大太刀が、深い森の中であっても障害物に阻まれることなく、まるで魔法のようにふるわれた。

 光の雨は、斬撃の雨によってかき消され、なんとか全員ダメージ0ですむ。


「あらー? さすが黒桐ねー、全部斬られるとは思わなかったわ」

「……マキドちゃーん。マキドちゃんのお母様、木の枝どころか木の葉も傷つけることなく魔法を撃ってきたよー? このまま真っ向から闘うのは厳しいかもー」


 リリカナは大太刀を肩に担ぎながら、ちょっと困ったように微笑んだ。


「わかっています。ホント規格外なんですからっ」


 マキドはお空に浮かんでいる、ミシュエールをきっと睨む。


「面白い玩具を見つけたみたいですね、ママ」

「さすがマキドちゃん! 魔法工芸アーティファクトのおかげだって気づいたみたいねっ」

「……魔法は魔力で式を描いて、己の想像力で世界に干渉しますが、魔法工芸アーティファクトはちがいます。魔法工芸アーティファクトは世界に現象を起こす、概念装具。ママが増えるなんて荒唐無稽な真似は、魔法工芸アーティファクトだけでしょう」

「ぱちぱちぱちー。ママ、思わず両手を叩いちゃいます」

「無駄遣いはパパがまた困りますよ」

「無駄遣いじゃないわよー。幻双げんそう世界で発掘したものをいただいただけで」


 ミシュエールは首元のチェーンをひっぱって、懐中時計をとりだした。


「世界現象ランクS、魔法工芸アーティファクト『12人の迷い子』よ。1時間前、2時間前と、過去12時間のワタシを、12人ひっぱってこれる優れもの。増えたワタシはコピーでもクローンでもホムンクルスでもない。すべてがワタシ。思考も魔力も完全に独立しているのー」

「……その新しい玩具一個で、城は何個建つんです?」

「えっと、複数?」

「国に寄贈すべき国宝級アーティファクトじゃないですか……。いただいたで、すまさないでくださいよ」


 母親のお気楽っぷりに、娘は胃を痛めたように顔をしかめた。

 親というか血筋の苦労は知っている亜土だったが、ミシュエールのようなハチャメチャな人が母親だと、子供は大変なのだろうなとマキドの苦労をちょっと知る。


「それで、マキドちゃんはママとまだ闘うつもり? ママが他に12人いるわけだけどー? 大人しくリタイアしてくれないかなー」

「他のママが合流する前に、魔法工芸を壊してポイントを奪えばいいだけです」

「そっかー」


 ミシュエールがうふふーと微笑むと、チュンッと空気を裂くような音が奔った。

 他のミシュエールによる風尖槍ウィンドスピアでの超距離狙撃だ。


 警戒していたみもりが手甲で弾いてみせたが、その衝撃でズザザと身体が後ろに流れた。


「あらー? そういえば鬼洞の技を使う子がいたわねー」

「マ、マキドちゃん……今ので腕が痺れちゃった……」


 みもりはうへーと顔をしかめている。

 亜土はいかんともしがたい実力差に驚嘆していた。


(こ、これが大魔法使いグランド・ウィッチ……! 初級魔法からしてレベルが違いすぎる……! どうする? マトモにやっても勝ち目はない。奇策を仕掛けるにも準備が足らない。まいったな……)


 ミシュエールの隙をうかがう亜土だったが。

 ザワリと、血がたぎったのを感じた。


「面白いことになっているねー、亜土先輩」


 無頭むとうが、木の枝に腰をかけて、亜土たちを観察していた。

 亜土以外誰も無頭には気づいていない。傍観者はお気楽そうに足をぶらぶらさせている。


魔法工芸アーティファクト『12人の迷い子』か。これは是が非でも欲しいところだね」

「……っ!」

「うんうん、とても素敵で怖い顔だね、亜土先輩。でも悲しいかな、今叫んだところで存在に気づくのは先輩だけ。あれ? ボクが先輩を独占しているとも言える? まあいいや。騒ぎを起こすのはもう少しあと思ったけれど、あの魔法工芸はいただいておきたい」


 無頭はクククとくぐもった声で笑った。


「さあ、モンスター祭りのはじまりだ。阿鼻叫喚が大魔堂学園にひ――うぐっ⁉⁉⁉」


 途端、無頭が苦しみはじて、ボコンッと胸が盛りあがる。

 すると、青白いガラスのような欠片が胸からあらわれた。


 青白いガラスのような欠片は、ばびゅーんとミシュエールの手元まで飛んでいく。


「はーい、魔法工芸アーティファクト『魔王の祝福』の欠片を回収でーす」

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