第27話 出会いを求めるのは

 リリカナの父親は、大魔堂学園の学生だった。

 将来の勇者を期待された人物で、質実剛健、武芸百般、風紀が制服を着て歩いている言われるほどの堅物男だった。


 そんな父親をからかって遊んでいたのが、リリカナの母親だ。

 良さげな血はないか、幻双世界げんそうせかいから良い男を探しにふらりとやってきて、あまりの堅物男をからかって遊ぶことにしたのだ。


『やーい、カチカチ男ー❤ 女の子にはフニャフニャヘタレー❤』

『くっ! お、お前はまたそんなハレンチな格好をして!』

『なになにー? どんな格好のことかなー❤』

『ち、近づくな! そ、そんな紐みたいな恰好で!』

『でも目を離さないムッツリスケベ❤ 興味津々なのバレバレー❤ ざーこざーこ❤』

『おのれメスガ――』


 一年後、母親はリリカナを孕んだ。

 孕まさせたというべきか、からかっているうちに本気になった母親は、真剣に口説きにかかったのだ。父親も彼女の良い面をどんどんと知るようになって、どってんばったんな大恋愛ラブコメの末に、二人は結ばれた。


 しかし、色々マズかった。

 母親のとある件(適齢期的な)は、魔族側では特に問題はなかったが、さすがに元世界では問題にされてしまい、「あと数年待てなかったのか」「さすがにかばいきれない」「捕まる前に逃げたほうがいい」と教師や生徒から批難され、父親は学園を辞めることになった。


 父親の家は厳格で帰ることもできず、そんなわけで二人は、幻双世界にある魔族の村で暮らすことになった。


 将来を期待されていた父親は、さぞ失意の中にいるだろう。

 しかし彼はそんな陰りを一切見せず、家族に惜しみない愛情を注ぎこんだ。

 重婚当たり前な魔族の仲で、母親は父を一途に愛し、娘を大きな愛で包んだ。


 両親の愛は、リリカナの理想である。

 男と女、種族も年齢とか関係なく、愛し愛される。

 リリカナも絶対に両親のような恋をしよう。心からそう決めていた。


 学園からスカウトがきたのは、元世界に興味を持ちはじめたときだった。

 リリカナは即答した。

 自分も母親と同じように、素敵な殿方を見つけに行こう。父親みたいな芯のある人を探しに行こう。


 そうしてやってきた学園は、当たり前だが、婚活の場ではなかった。

 みな切磋琢磨して、上を目指そうとがんばっている。

 自分ちょっと場違いなとこにきたかなーと思ったのはすぐのことで、まあそれはそれとして素敵な殿方を見つけるまではがんばろうとは決めた。


 だが彼女のやる気は、講師たちの指導で削がれることになる。

 君はもっと別の才能がある、ああではないこうではない、とがんじがらめ。

 特に、魅了術を使うのをやめるようにしてきたのが、彼女のやる気を大きく削いだ。


 魅了術は母親が得意とした術で、父親との思い出がたくさんつまった術だ。

 自分の生まれた証であり、それを使わないなんてありえない。

 こんなに愛あふれる術なのに、効率で切り捨てるのがありえない。


 出会いを求める場じゃないのはわかっているが、それでもリリカナのやる気はどんどんと下がっていた。


 〇


 記憶の再生が終わり、亜土あどの意識が戻ってくる。

 正面に立っていたリリカナは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。


「リリカナは、この記憶を見せたかったのか?」

「うんー。みもりちゃんの反応を見て、たぶん、盛りあがっているときほど記憶を見せやすそーだったからー」

「……普通に話してくれたらいいのに」

「こんなのせんせーは納得できないでしょ? 父様母様から聞いた話を記憶で見せたほうが、まだ気持ちが伝わるかなって。ごめんねー、せんせー。リリカナちゃんは悪い子でー……」


 悪い子。キスのことじゃないと思う。

 亜土は優しい口調で聞く。


「どうしてそう思うの?」

「せんせーが三人のためにがんばってくれるのは嬉しいよ……? でもリリカナちゃん、学園にきた理由も不純だし、こうやってやる気をなくしている理由も、せんせーには信じられないと思う。あのね、リリカナちゃんに、そこまでがんばってもらう必要はないんだよ?」


 どこか線を引いたような物言いだった。


 やる気がないのは当然かと、亜土は思った。

 だって、そもそも冒険に興味がない。彼女にとっての大事なことは最初から別にあった。


「そんなの、オレががんばらない理由にはならないよ」

「……どうして?」

「リリカナは不純な理由だなんて言ったけど、全然不純じゃないよ。オレはそう思う。だって」


 亜土はいまだ目に焼きつている、あの日のことを思い出す。


「オレも似たような理由で学園に来たからさ」


 亜土がそう微笑むと、リリカナが目をまん丸くした。

 いつも動じない少女なだけに、新鮮な反応だった。


「うっそー? せんせーが?」

「ホントだよ。オレ、安心院あじむ先輩に憧れて、この学園を受験したわけだし」

「わーぉ、せんせーの甘酸っぱい青春―?」

「はは、そうじゃないよ。本当に、ただ憧れただけなんだ」


 亜土は昔を思い出すようにゆっくりと語る。


「……ダンジョン攻略にハマッたのは、オレより妹が先でさ」

「妹さんがいたんだー」

「うん、大会にでるぐらい優秀な子でさ。オレが中学一年生のときだな。その日も、妹を応援しに試合会場に行ったんだ。そこで高等部の勇者部に紛れて、活躍する中等部の子がいてさ。すごく目を引いたよ。だってぜーんぜん笑わないんだ。強敵を倒しても、どんどん勝ち抜いていってもクスリともね」

「安心院せんぱい、昔から変わってないねー」

「でも、最後の最後に笑ったんだ」


 あのとき、最終戦を勝ち抜いたパーティーメンバーの表情は覚えている。

 その中でもとりわけ彼女の表情には目を奪われた。亜土の進路を変えるほどに。


「仲間と一緒に、今までの苦難と勝利を分かち合うように、クスリと微笑んでさ。全身泥だらけだったのに、オレにはすごく輝いて見えた」

「ふーん……」

「オレの実家が……まあ、格闘技をやっていてさ。跡取りとしてずっと一人、鍛えられていたんだ。だからか仲間同士の絆にも、夢を追いかける彼女にもすごく憧れて……あとは親父を説得しつつ、中学校でダンジョン攻略部を立ちあげて、今にいたるってわけ」


 亜土は自分の話はそこまでにして、リリカナの瞳をまっすぐに見つめた。

 最初から冒険が好きだから、といった理由の方がむしろ少ないかもしれない。

 亜土は当たり前のように言う。


「好きになり方は、人それぞれだよ。十人いれば十人分の好きになり方がある」

「……ダンジョンに、出会いを求めに来ても?」


 リリカナは躊躇いがちに言った。


「当たり前だって! はじめる理由はなんだっていいんだ! それで、リリカナがまだ全然好きになれないというのなら!」


 亜土は、リリカナの両肩を掴んだ。


「好きになってもらえるように努力する!」


 周りに申し訳ないと思っているのなら、好きになりたいとも思っているはずだ。

 でなければ勇者部に在籍しつづけない。

 リリカナが外からアレコレ言われるのがイヤならやめようと思ったが、もう迷う必要はないだろう。少女が笑顔になるための、自分の努力の方向性がやっとみえた。


 リリカナに力強い笑みを向けたが、少女は黙ったままだ。

 大きな目が潤んでいて、カーッと頬を染めている。

 なにかを言いたそうに見つめてくるが、リリカナはなにも言ってくれない。


「あ、あはは……オレ、熱血先生っぽかったかな……?」

「んー、どちらかというとー?」

「いうと?」

「小学生女児を口説いているみたい?」


 リリカナが悪戯めいた笑みを向けたので、亜土は慌てて両手を離した。


 たしかに、言葉足らずになっていた。受け止め方次第では警察のお縄になること間違いなしの発言だ。

 額にダラダラと汗をかき、顔を真っ赤にした亜土に、リリカナはニマーッと笑う。


「んふー❤」


 すごく上機嫌そうな表情に、気分を害したわけではないと亜土はホッとした。


「ねーねー、せんせー」

「な、なんだい?」

「記憶を見せるだけと思ったけれどー、最後までシちゃおっか❤」

「なにを⁉ いや、言わなくていい!」


 亜土が必死になって両手をふると、リリカナはブラ紐に手をかけた。


「じゃあ身体で伝えるねー」

「待て! ホント待とう⁉ というか、みもりたちも心配しているかもしれないし⁉」

「あー、たしかに、そろそろこの場所に気づくかもねー」


 リリカナはうんうんとうなずいた。

 そういえばラブホテルなんてどうやって入ったんだと亜土が疑問に思うと、見透かしたようにリリカナが答える。


「フロントの人に魅了術をかけたから、そろそろ正気に戻るかもねー?」

「出よう‼ 今すぐに!」


 言い逃れできない場所で通報されては、社会から抹消されてしまう。


「だいたいなんでラブホテルだったんだ⁉」

「雰囲気づくり? それじゃあ出ようかー」

「制服をきちんと着てから!」


 問題児リリカナは、そうして「はーい」と愛らしく微笑んだ。

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