第8話 初等部シャワー室

 大魔堂学園初等部のシャワー室。


 スポーツ特待生の多い大魔堂学園には、シャワー室が設備されている。部活動に励んだ生徒が汗を流してサッパリする憩いの場として、利用者は多かった。


 熱いシャワーがタイルを濡らし、白い湯気が立ちこめる室内。

 妻夫木マキドは、頭からシャワーを浴びていた。


「うううっ」


 してやられた。

 こちらの欠点を的確に見抜いて、良いようにあしらわれた。

 魔力を失い、退部させられた男なんて簡単に追いはらえると思ったのに、ああもアッサリやられては返す言葉もなかった。


「く……」


 悔しい、と言葉をするのも憚れるぐらい、マキドは悔しがった。

 熱いシャワーを浴びて、頭からサッパリするつもりでいたのに、どんどんと身体に熱がこもってくる。


 そうして、肩まで赤くなっていたモキドの胸を、リリカナが背後から揉んだ。


「ひゃわ⁉⁉⁉」

「今日のマキドちゃんは隙だらけ~」


 マキドの小さな胸が、むにょむにょとマシュマロのように動いた。


「ちょ、や、や、やめてください!」

「そんなにカッカしていたらのぼせちゃうよー?」

「アドバイスありがとうございます! そ、そこは、触らないで!」

「んー? どこー? コリコリしはじめたとこかなー?」 


 リリカナがさらに揉んできたので、マキドは詠唱をはじめた。


「消し炭にしますよ! 炎縛フレイム――」

「はいはーい、もう離しましたー」


 リリカナは両手をばっと離す。

 ぜいぜいと息を荒げながらマキドは睨むが、リリカナはニマニマと微笑んでいた。


「だ、大丈夫? マキドちゃん?」


 みもりがハラハラしながら二人を見守っていた。


 八つ当たり上等で、リリカナと喧嘩しようかなとマキドは一瞬考えたが。下手にリリカナと大喧嘩すれば、心配したみもりが魔力の暴走を起こすので、諸々言いたことをぐっと堪える。先日、三人で体育倉庫を損壊させたばかりだった。


「リラックスできたよーで、リリカナちゃん嬉しー」


 リリカナの見透かしたように瞳に、マキドの眉根に深いシワがきざまれる。

 ホント厄介な女と、小さくため息を吐いた。


「リラックスさせる方法は他にもいくらでもあるでしょう」

「リラックスさせて、マキドちゃんのお胸も育つ。よいことづくめ?」

「なぜに疑問形ですか……」


 リリカナは悪びれた様子もなく、クスクスと笑う。


「今の内から殿方が好む、理想の身体をめざそーよー」

「あなたねぇ……」


 リリカナは腰をくいっと動かした。

 11歳なのに、胸や尻が女性らしく膨らみつつある彼女。きっと将来立派に育つだろう。


 マキドは自分の小さな胸に目をやった。

 まだまだこれから。きっと母親の遺伝子は受け継いでいないはずだ。


「そーそー。マキドちゃんは立派に育つよー。そんなに心配しなくてもだいじょーぶ」

「か、勝手に心を見透かさないでください! そんなことで悩んでいたわけじゃないんですっ!」


 マキドがくわっと目を見開くと、みもりが申し訳なさに肩をちぢこませた。


「ご、ごめんね、わたしが足をひっぱちゃって」


 みもりの身体も女性らしい丸みを帯びてきている。

 彼女も立派に育つのだろうなと若干思考が脇道に逸れながら、マキドは整然と答えた。


「射線を考慮していなかった私のミスです。みもりのせいではありません。あの男が、まあ、すこしはうまく立ち回っただけのことです」

「マキドちゃん……」

「……そうです。次はもっと完璧に、私が、もっと上手く立ち回ればいいんです」


 もっともっと上手くなる。もっともっと強くなる。

 両親の血を受け継いだ自分が、こんなことで躓いているわけにはいかないのだ。


「あはーっ、マキドちゃんは変わらないねー」

「なんですか、リリカナ。私になにか言いたいことでもあるんですか? 変わらない向上心と、変わらないやる気のなさ。どちらがマシか言うまでもありませんよね?」

「わーぉ、リリカナちゃん余計なこと言っちゃったかなー」


 さして堪えてなさそうなリリカナに、マキドは脱力した。

 と、みもりがおそるおそる尋ねてくる。


「マキドちゃん。や、やっぱり亜土さんが、先生なのはイヤ?」


 亜土さん。

 前から彼をよく知っていたような、みもりの態度。

 彼が先生になることを誰よりも喜んでいた彼女に面と向かって、否定するのはさすがに心苦しかった。


「……まだ認めてないだけです」

「ほんとに⁉ う、うん、亜土さんは悪い人じゃないってすぐにわかるよ!」


 みもりのニコニコ顔を真顔で受け流しつつ、マキドを彼のことを考えた。


 たしかに退部させられたとはいえ、名門勇者部の元部員だ。

 魔力がないのを弱点と思わせない、あの俊敏な動き。

 相当な実力者なのはわかる。魔力を失わなければ、今ごろ勇者部のレギュラーだったんじゃないかと思う。


 多少は、それなりに、認めていいのかもしれない。


 しかし見られたのだ。

 パンツを。


 よりにもよって他のパンツが渇いていなくて、子供っぽいウサギ柄のパンツを履いていたときにだ。ホントならもうちょっと背伸びしたパンツもあるし、年相応の落ち着いたパンツだってある。

 あんな子供パンツのときにかぎって、とカッカしたマキドは頭をふった。


 いや、べつにパンツを見せたいわけでない。

 やはり、あの男は信用ならないという話だ。


 弱音を握らねばと、マキドは思った。

 パンツに鼻先を押し当ててきたあの男、許すまじ。自分より強いみたいなのが余計に許すまじ。絶対に絶対に、あの男より優位に立ってやる。


 そう、大人びているようで子供っぽいマキドは、私怨たっぷりにほくそ笑んだ。

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