第2話 学食
「はあっ? なんでアタシがこんなのと一緒にご飯食べなきゃいけないの」
「明日香。せっかく同じ学び舎で知り合った仲じゃないか。それ以上の理由はいらないよ」
「ふん。明日は別にするからね。メニュー豊富な学食で何も考えずにカレーなんか並べてる連中とランチなんて、栄養管理学的な意識が足りなさ過ぎて一緒に食事できない」
「そうはいっても、ここのカレーはそれ目当てで入学する生徒がいるってくらいに評判だから。あ、お二人は構わずにお食事どうぞ」
いまだかつて昼食にカレーを食べるだけでここまでの言われようにあったことはない。なのにお隣のイケメンのかけうどんはスルーなのか――。
「そうですか。お二人は同じ高校でいらしたんですか。実は僕らもなんです」
「清治。つまんないこと教えなくていいから」
「いいじゃないか明日香。真二君はどうしてこの学校に?」
銀髪の渡君は友達のはずの田村さんを差し置いて僕にばかり話しかけてきた。田村さんはといえば食べ終えたカレー皿の上で、スプーンを使って謎の地上絵を書いていた。
「まあ、身の丈に合ったっていうか――いや! そういう意味とは違って……アニメーションをやってみたくって、詳しくないんだけど、動かしたい絵があるというか……」
すると、ツインテールがさも面白くなさそうに言う。
「はっきりしない男ね。要するに偏差値低くて無難なところだから狙ってみたと、そんなとこでしょ。でも甘いわよ。入り口は広くて出口が狭いのがこの学校なの。留年、退学率合わせて四割なのよ」
そうだったのか。
「まあ? 真面目に授業に出てる分には卒業はできるでしょうけど、就職となるとさてどうかしら。入学時の情熱を持ったまま卒業できれば――ていうかアンタ、情熱と無縁の顔してるわね」
散々だ。
「明日香。それはこれから四年間かけて考えていけばいいんだし。僕はこんなに早く友達ができて嬉しいよ。これからもよろしくお願いしますね、真二君」
「はあ――」
二人が去った学食で、
「田村さん。いきなり友達とか紹介されても困るよ」
言うと、
「そうかしら。大学生活は高校と違って人脈がなければつらいものよ。試験前は特に。それより竜崎君はどうやって先輩と知り合ったの。時間割を教えてもらったんでしょう」
「ああ。サークル勧誘で無理やり引っ張られていった合コンでいろいろと」
「合コン――日本の若者が使う合同コンパの略。ひいてはコンパがカンパニー、コンパーニュを語源とするものと理解している新入生はどれほどいるかしら。それでサークルには入ったの」
「いや、まだ保留で――。なんかアウトドア絡みの不安なサークルだったから。それで田村さんはどうなの。サークル」
と、彼女は目線だけ上を向いて、
「軽音部があったのだけど」
「部活? 楽器とかやってたんだ」
「いいえ。ただ、文化祭でバンドを見て、ドラムというのをやってみたいと思ったわ」
「え? ドラムやるの?」
「あちこち叩いていればよさそうだったから。叩くのは得意よ」
分からない。
「とにかく、午後は授業なんだっけ。情報リテラシー、これ田村さんも取ってるよね」
「そうね。一年次の必須科目。それなくして後期はあり得ないくらいの」
「じゃあ、一緒に出よう。第二講堂だから、あとで」
カレーのトレーを下げようと立ち上がったところで、彼女が僕を見上げた。
「竜崎君は学校、楽しいの」
最近は見せなくなっていた、無機質な透き通った目――。
「楽しいっていうか、まだ忙しくて楽しんでられないから」
「そう。楽しくなるといいわね。ホントのことよ」
まだテーブルから動きそうもない彼女を置いて、僕はトレーの返却口へ向かった。
見回せば学食は多数の生徒で埋められ、皆で黙々とスマホを叩いている集団もいれば、白熱した議論に及んでいるグループもある。
(キャンパスライフか――田村さんこそ、大学、楽しいのかな)
などと思っていると、講堂に彼女が現れた。
「隣、空いておりますかな」
「うん」
「では、よっこいしょ」
言いながらノートを出す。入学二週間にしてもうノートが二冊。一コマの授業にどれだけの情報量を見出しているのだろう。そんな様子を見ていると、講堂の入り口から入って来る二人が見えた。そのまま壁際の前の席に座った。
「多いのね、人」
「ああ。単位の取りやすい人気講義らしいから」
講義が始まると彼女は僕に目もくれず、ノートを取り始める。高校時代は席が後ろだったから気づかなかったけれど、きっとその頃もそうだったのだろう――。
四限が終わって、
「田村さん、五限取ってるんだっけ」
訊ねると、彼女は首を横に振った。
「ドラム部の門を叩いてみようと思うの。だから今日はこれでさようなら。また明日」
「そっか。じゃあまた(ドラム部じゃないけど)」
大学入学から、彼女はあまりウチへ来なくなった。泊ってゆくこともなくなった。それが健全なのだと分かってはいるものの、どこか物足りない、もどかしい気分ではあった。たまには夜に押しかけてきて新たな晩メシでも作ってくれないかと思うのだったが、それは、一度は彼女の訪問を断った僕にとって身勝手な望みだと分かっている。
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