第12話 味方
大いびきで起きた。将来の彼氏や旦那さんが気の毒だと思った。
「朝のカレーは最高ね。この街の半分を牛耳った気分だわ」
マフィアか何かだろうか。
「今日は出るんだよね、夏期補習」
「そうね、そのつもりで制服も持って来ているし。行くわ」
何やら決意めいた声で告げた。ただの補習なのに。
七時五十分のバスはほどほどに混む。彼女と背中を合わせてつり革につかまる。ベッドでの距離は何なのだと言わんばかりの密着具合だ。
そんな彼女が振り向いて小声で何か言った。痴漢か何かかと思っていると、
「密着しているわね――」
それだけだった。その確認のためだけに必死で身体をねじっていた。
学校へ着くと理系の彼女とは補習科目が違うので教室は別れる。そう言う意味で、学校での親密さアピールは避けられていた。が、
「田村さんとはどうなったんだ」
「男一人で大変だろうって気にしてくれてさ」
「でも、なんで田村さんなんだ」
「ウチの親と田村さんのお母さんが少し仲よかったら」
他人を巻き込んだウソをつくのは綻びが出るので、控えていた切り抜け手段だったのに。
「まあ、それで元気になったら、またカラオケでも行こうぜ。じゃあ俺、次は数Ⅲだから」
基本が気のいい友人だけに胸が痛んだ。
十二時半、屋上――。
「鍵、やっぱり開いてたんだ」
「無理やり開けた感じよ」
それがよく分からない。どうせ訊いてもよく分からないのだろう。そういうことだけはだいぶ分かるようになってきた。
「いい加減にお母さんとか心配してないの?」
「ウチの母? ちっとも」
「お父さんは、さすがに何か言うよね」
「父は母に逆らえないから。それより今夜も料理しなくていいのは楽だわ。そして残りは冷凍するの。ジャガイモとか入ってないからスカスカしないし。そして明日はお待ちかねのリクエストよ。竜崎君、何がいいかしら」
もうレパートリーはなかったはず。
「ねえ田村さん。そんなに無理してまで夕食作る必要ないって。ウチに来てくれるならそれでいいけど、コーヒーでも飲んで自分ちのご飯食べに帰った方がいいって。思わず慣れてしまいそうだったんだけど、よくないって」
「そうは言っても母が初子さんに大変恩義を感じているのは確かよ。ふさぎ込んでいた娘を明るくしてくれたって。実際は五月のこと、説明が面倒くさくて両親に何も言ってなかっただけのことなんだけど。それでも私だって初子さんに感謝しているのは本当よ。その恩を果たすためだけに私はいるの。お願い、初子さんのご冥福を一緒に祈らせて。竜崎君が元気になるまででいいの」
元気には、きっとなれない。
「それだったら気にしないで。田村さんといろいろ話してたら元気になったから。ありがとう。また学校で会ったら仲よくしてね」
「そう――だけどこれだけは信じていて。私はあなたの記憶の味方。意識の奥底で繋がれる仲間、同士、同朋、味方よ」
それだけの台詞を苦しそうに口へ出すと、彼女は屋上から階段へ向かった。翌日から補習には出なくなった。
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