勇者パーティの戦士は賢者を追放する ~世界を救う勇者パーティに僕は必要ないってこと……?~

遠野紫

勇者パーティの戦士は賢者を追放する ~世界を救う勇者パーティに僕は必要ないってこと……?~

 精霊歴8900年、自然豊かな世界ユグガルドは突如として現れた魔王とその配下によって、世界の半分以上が死の大地と化した。


 当然、人々は魔族に対抗した。しかし圧倒的な能力差から人々は徐々に押し込まれ、その人口を半分以下にまで減らしていたのだが……ある時、奇跡が起こった。


 古より伝わる勇者が現れ、魔族の軍勢を押し返し始めたのだ。


 勇者は激闘の末魔王を倒し、見事ユグガルドに平和をもたらした。しかしそんな勇者も、寿命には勝てなかった。勇者は自らが死にゆく間際、その能力を分割し四人の人間へと託した。いつか災いが訪れた時、人間たちが対処できるように。こうして勇者によって与えられた『戦士』、『魔術師』、『神官』、『賢者』の四つの能力は、人々によって後世へと受け継がれていくのだった。


 だがある時、一度は平和を取り戻したユグガルドに再び危機が訪れることとなった。かつて勇者が倒したはずの魔王が復活したのだ。復活した魔王は魔族を率いて、再びユグガルドを蹂躙し始める。そんな魔王に対抗するため、四つの力を受け継いだ者たちは勇者パーティとして魔族との戦いに身を投じるのだった。


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「賢者、悪いが君をこのまま連れて行くわけには行かない」


 酒場に呼び出された賢者は、戦士にそう言い渡されたのだった。


「……へ?」


 賢者は想像していなかったその言葉に、一瞬思考が止まってしまう。数秒が経過したところで、やっと言葉を紡ぐことが出来たのだった。


「……それってどういう」


「言葉通りだ。君をこのまま勇者パーティの一員として魔王との決戦に連れて行くことは出来ない」


「ど、どうして!」


 言葉の意味を理解した賢者は戦士に詰め寄る。


「君のような少女がこの先の決戦についてこられるとは思えない。足手まといになるくらいなら置いて行った方がマシだ」


「そんな……」


 今代の賢者はまだ年端も行かない少女だった。使える魔法も常人よりかは強い程度で、魔族との戦い……特に魔王との決戦においてはまるで通用するとは思えないものだったのだ。


「でも、今まで一緒に戦ってきたじゃん! なのに、ここまで来ていきなりそんなこと……。確かに僕は回復魔法も攻撃魔法も魔術師と神官の二人には及ばないけど……それでもそれなりに戦えてたよ! だから……」


「駄目だ。それじゃ駄目なんだ……」


 賢者は涙を浮かべながら抗議するが、戦士の答えは変わらないのだった。


「故郷に戻るだけの金は渡す。お前とはここでお別れだ」


 戦士は金貨が十数枚入った革袋をテーブルに置き、酒場を出て行く。


「ひぐっ……ぐす……」


 置かれた革袋から自身が確実に追放されたのだという事実を突きつけられた賢者は、その場で泣き崩れるのだった。




「……そっか、僕もう勇者パーティじゃないんだ」


 朝早く目覚めた賢者。他の勇者パーティのメンバーより年齢も実力も低かった賢者は、少しでも力を付けるために毎日早くに起きて特訓を行っていたのだ。しかし勇者パーティを追放された今、彼女が特訓をする必要もなくなっていた。


「もう少し寝よ……」


 涙で濡れた跡のある枕に顔をうずめ、賢者は再び夢の世界へと潜っていった。


 そして数時間後。彼女が次に目覚めた時、日は完全に上っていた。


「もう昼……? 流石に寝すぎたかな」


 賢者は寝汗によって華奢な体にひっついてしまっているインナーを脱ぎ、汗を拭いた後別の物に着替える。そしてお気に入りである戦士から貰った魔力を上昇させるローブを羽織り、荷物を持って部屋を出た。


「これからどうしよう……故郷に帰るのもな……」


 賢者の故郷は今いる街からそれなりに遠く、その旅路も楽なものでは無い。しかしそれ以上に、賢者として祀り上げられる生活が賢者にとっては窮屈だったのだ。このまま戻れば間違いなくその窮屈な生活が待っている。そのため賢者は迷っていたのだ。


「戦士は故郷に戻るようにってお金を渡してくれたけど、僕は戻りたくないよ。うん、決めた」


 賢者は歩き出す。その行き先は、馬車の乗り場でも街の出口でも無かった。


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 数か月後、勇者パーティはとうとう魔王の本拠地へとたどり着いた。


「やっとここまでたどり着いたな」


「ええ。ここまで長く苦しい戦いでしたが、ここからが本番です。気を引き締めて行きましょう」


 普段は柔和な笑みを絶やさない神官も、周囲の空気の重さに緊張を隠せずにいた。


 勇者パーティの戦士、魔術師、神官の三人は魔王の配下である強力な魔族を倒し後は魔王を残すだけとなったのだが、ここに至るまでの消費も多かった。道具も体力も魔力も万全では無い。それでも彼らは進まなければならなかった。


「言われなくてもわかってるわ。さあ、最後の戦いを終わらせに行きましょう」


 三人は魔王の本拠地へと入っていくのだった。


 少し暗い通路を三人が歩いていくと、その先に巨大な扉を発見するのだった。


「この先が……」


 戦士はゴクリと喉を鳴らす。どっしりと重い緊張感が三人を包み込む。


「……開けるぞ」


 戦士が扉を押すと、軽くしか押していないにも関わらず勝手に開いて行く。


「来たか。かつて我を滅した忌々しき勇者の後継者よ」


「魔王……ここでお前を倒し、世界の平和を取り戻す!」


「よかろう。かかってくるが良い勇者ァ!」


 魔王と戦士は同時に地を蹴った。戦士と魔王の剣がぶつかり合い火花を散らす。


「中々やるでは無いか!」


「ここまで来て負ける訳には行かないんだ! 魔術師、神官、今の内に!」


 戦士が魔王の動きを止めている内に、魔術師と神官は攻撃魔法の詠唱を開始する。


「炎の導き手よ今こそ顕現せよ……ロストフレイムエレメント!」


「慈悲深き我が天空の神よ。天の雷をもって邪悪を払いたまえ……」


 両者の詠唱が完了すると同時に戦士は飛び退く。


 魔術師の召喚した炎の精霊が魔王の体を焼く。と同時に、神官の頭上から現れた雷雲が魔王の上へと移動し雷を落とす。


「ぐあああっぁあぁあっっ!!」


 炎と雷による強烈な一撃を受け、魔王は一瞬姿勢を崩す。そしてその隙に、戦士は魔王の体を水平に斬り裂いた。


「ぐふっ……まさか貴様らがこれ程までに強くなっていたとは。しかし、これでやられる魔王では無いわぁぁ!」


 上半身だけとなった魔王は宙に浮き、その身に魔力を込め始める。


「何かして来るぞ!」


 戦士が二人に向かって叫ぶ。次の瞬間、魔王は強烈な殺気と共にその魔力を解き放った。


 三人が魔王の方を向いた時、そこに立っていたのは先程までとは比べようも無い程の強力な魔力を纏った怪物だった。


「何……あの姿……」


「今まで、これほどの力を隠していたと言うのですか……?」


「正真正銘の化け物だ……」


「これこそが我の真の姿。勇者に倒されこうして復活するまでの間に蓄えた魔力によって、我はこの姿に辿り着くことが出来たのだ」


 魔王の放つ強すぎる殺気と魔力が三人の肌にビリビリと伝わる。そのあまりの重みと緊張感に、三人は動けなかった。


「では今度はこちらから行かせてもらおうか」


「速いっ!? 炎の聖霊よ……」


「遅いわぁ!」


 魔王は一瞬で魔術師の前へと移動し、魔術師が詠唱を終える前に後方へと吹き飛ばした。


「がはっ」


「魔術師殿! 慈悲深き我が天空の神よ……我らを癒したまえ……」


 咄嗟に神官が回復魔法をかけ、魔術師は何とか一命を取り留めた。しかし思いのほか傷が深かったようで、完全に回復出来たわけでは無かった。少なくともしばらくの間は魔法を詠唱することは出来ないだろう。


「ほう、回復魔法か。厄介なものだ。どうやら、まず貴様から始末した方が良いようだな」


「させるか!」


 神官へと狙いを定めた魔王の前に戦士が割って入る。


「その程度の力で我を止められるとでも?」


 戦士の一撃を易々と躱した魔王はそのまま隙だらけの横っ腹に蹴りを入れる。


「あがっ!?」


 魔王の重い一撃に戦士はその場でうずくまってしまった。


「たった一発の蹴りでこの程度か。呆気ないものだ」


「戦士殿! 慈悲深き……」


「させんぞ!」


 魔王は丸太のように太い腕を薙ぎ払い、神官を吹き飛ばす。


「げほっ……ごはぁっ」


 壁に打ち付けられた衝撃によって、神官の内臓は致命的なダメージを負っていた。その証拠に吐血を繰り返しており、もはや意識を保っているのも奇跡なレベルだった。魔術師同様、彼もしばらくは詠唱を行うことは出来ないだろう。


「さて、もはや貴様らに勝ち目は無い。今から何をしようと、貴様らを待つのは死のみである。しかしここまで我を楽しませてくれたのだ。褒美として、せめて苦しまないように楽に死なせてやろう」


「クソッ……こんなことになるなら、もっと前に俺の本当の気持ちを打ち明けておけばよかった……。すまない、賢者……」




 数日前。


「戦士殿、賢者殿を本当に置いていくつもりなのですか?」


「ああ、アイツは魔王との決戦についてこられない。魔法の精度が二人に遠く及ばないのはわかっているだろう? 賢者特有の力だって彼女にはまだ発現していないしな。それに……」


「それに?」


「これは俺の我がままなんだが、彼女を死なせたくないんだ。魔王と戦って生きて帰れる保証が無い以上、年若い彼女を死なせたくない。それに何より、賢者が苦しむ姿を見るのが俺は耐えられない」


「それで置いて来たってこと? もしかして戦士アンタ、賢者ちゃんに結構気があったりする?」


「なっ!?」


 魔術師の言葉に、戦士は目に見えて動揺していた。


「そんなわけないだろ! 俺はただ賢者のことを思って!」


「ふふっすごい思ってるじゃない」


「魔術師殿、あまり戦士殿をからかうものではありませんよ。戦士殿が賢者殿のことを大事に思っていたのは、かなり前から私にもわかっておりましたから」


「そうなのか!?」


 戦士は自身の賢者への思いが二人にバレていたことを知り、恥ずかしさのあまり顔を紅潮させ少し早歩きになる。


「良いから行くぞ!」


「はっはっは。戦士殿にも案外男らしい部分があったのですね」


「そうね。ただの剣術馬鹿かと思ってたけど、思ったより甘い感情持ってるじゃない。それにしても、ああいう年下の子が好みなのね~」


「うるせえ、何とでも言えよ!」


「でも追放されちゃったわけだし、賢者ちゃんは私たちの事恨んでるかも」


 魔術師にそう言われ、戦士は歩く速度を落とすとともに神妙な面持ちで呟き始めた。


「……だったら俺は全力で謝るだけだ。その後で俺の気持ちをぶつける」


「あら男らしい。それなら絶対に生きて帰らなきゃね」


「ああ、元よりそのつもりだ!」




「最後の言葉はあるか勇者たちよ」


「うぐっ……お前だけは……お前だけは!」


 戦士は必死に体を動かそうとするが、魔王から受けたダメージが大きく体はいう事を聞かなかった。


「最後まで闘気を失わないとは、流石は勇者だ。だが思いだけでは絶対的な力の差は埋まらんものだ。かつての我のようにな。ではそろそろ別れの時としよう。死ぬがよい勇者ァァ!!」


 魔王が戦士の胸に剣を突き刺そうとする。しかし、その剣が戦士の心臓を貫くことは無かった。


「何だ……何が起こっている?」


 魔王は何度も剣を突き刺そうとするが、何度やってもその剣は戦士の胸の上で止まってしまい一滴の血液すら流すことが出来ずにいた。


「どうなっているのだ!」


「これは……強化魔法? まさか……」


 戦士が扉の方を見ると、そこには一人の少女が立っていた。ローブに身を包んだ少女は神官へと近づいて行き、回復魔法を使用した。


「この回復量……もしや……!」


「神官さん、魔術師さんをお願い」


 完全に回復した神官は魔術師の方へと向かい、回復魔法を使用する。それは先程彼が使用した魔法よりも強力なものになっていた。


「……来ちゃったのね」


 魔術師は嬉しさと悲しさの入り混じった表情で、そう呟いた。


「お前、その力……。そうか、発現したんだな……付与魔法の力が」


「うん。あれから僕、冒険者になってたくさん経験を積んだの。そして賢者の本当の力を使えるようになったんだ。だから、助けにきたよ」


「……俺は、お前の事を追放した。なのに助けに来てくれたのか……大馬鹿だお前は! でも、なんでだ……嬉しくて仕方が無い……!」


「ええい何なのだ貴様は!」


 魔王は賢者の前に跳び、剣を奮った。しかし即座に立ち上がった戦士がその剣を受け止めたのだった。


「なにっ!? 貴様は瀕死だったはずだ! 一体どうやって……!」


「勇者の残した力。それは四つ合わさることで本当の力となる……。やはり四人いなければ駄目だったんだな。ありがとう賢者。俺たちの元に戻ってきてくれて……!」


 身体能力が数十倍に上昇した戦士が魔王を圧倒していく。


「何だその力は!? 先程までとはまるで別人のようでは無いか!!」


「ロストウォーターエレメント!」


「がぼっご……げほっ」


 魔術師の召喚した水の精霊が高出力の水流で魔王に攻撃する。精霊の攻撃も戦士と同じように、威力が数倍以上に跳ね上がっていた。


「一体どうなっているのだ……確かに先程まで我が優勢であったはず! なのにどうしてこんなことになっている!? 何故貴様らは急激に強くなったのだ!」


「それは、賢者の持つ付与魔法のおかげだ。賢者の付与魔法が、身体能力や魔法の威力を増大させる。この状態の俺たち四人こそが、勇者なんだ!!」


「そうです、私たちは一人で戦っているわけではありません!」


「まあその賢者ちゃんを置いて行ったのは戦士なんだけどね」


「ま、魔術師!」


 かっこよく決めたところに水を差され、戦士は頬を赤くさせる。


「まあいい、そういうことだ魔王。今の俺たちこそが本気の勇者だという事だ。さあ、正真正銘の最後の戦いを始めるぞ!」


「ほざけ……たかが一人増えた程度で我の優位が崩れるはずが無いだろう!!」


 魔法を闇雲に放つ魔王。しかし身体能力が上昇している四人はそれを容易く避けるのだった。


「ぐっ……」


「これで最後だ魔王!!」


「ふざけるなァァこの我がァァこの我がァァァァァ!!」


 付与魔によって多重に強化された戦士の剣が魔王を貫く。そしてその隙に放たれた三人の魔法によって、魔王は跡形も無く消滅したのだった。


「……終わったな」


「はい、もう魔王の魔力はありません。私たちの……人類の勝利です」


「くぅぅぅやったわね! さて、それじゃあ戦士。賢者ちゃんに言いたいことがあるんでしょ」


「えっ今か!?」


「戦士さんが僕に?」


 魔術師に背中を押され、戦士は賢者の前へ立たされた。


「あー、えっと……すまなかった。お前を追放したりして……」


「そのことは……僕の能力が足りなかったのは事実だし、戦士さんは悪くないよ」


「いや、違うんだ……その……」


 口ごもる戦士。その様子を賢者は心配そうに見ている。


「もしかしてまだどこか痛い? やっぱり僕の回復魔法、まだ未熟だったかな……」


「そう言うわけでは無くて……ああぁ! 俺は! 賢者の事が好きだったんだ!」


「……ふぇ!?」


「あら、言っちゃったわね」


 戦士に至近距離でそう叫ばれた賢者は思わず素っ頓狂な声を漏らす。


「お前を追放したのも、お前に死んでほしく無くてだな……」


「えっとその、それは……」


 賢者は戦士の突然の告白に驚きを隠せない様子だった。


 彼女の頭の中に『好き』の二文字が反芻する。時間が経つほどに脳がその意味を理解し、彼女の顔を紅潮させていった。


「ぼっ、僕なんかで良いの……?」


「僕なんか……なんて言わないでくれ」


「……うん。これから、よろしくね」


「……ああ!」


「うわぁっ!?」


 戦士は賢者を持ち上げ、お姫様抱っこのまま魔王の本拠地から出るのだった。


「は、恥ずかしいよっ」


「私たち以外に見てる者もいません。賢者殿、今だけは戦士殿の好きにさせてやってはくれませんか」


「うぅ……」


 嬉しさやら恥ずかしさやら、纏まりのつかない感情によって賢者の顔は炎の精霊にも負けない程に赤くなっていた。


「めでたいわねぇ。まさか本当に賢者ちゃんと戦士がそんな関係になるなんて」


「待て、言わせたのはお前だろう。もしかして玉砕するかもしれないとも思っていたのか?」


「さーてなんのことやら」


 こうして四人は平和になった世界を歩きながら、人々の街へと戻る。うっかり街に戻った時にもお姫様抱っこを続けていたせいで二人の関係性への噂が広まってしまったが、それがかえって街を盛り上げることとなり復興の活力となっていた。


 そして数年後、婚約した二人は愛する二人の子供と共に幸せな毎日を送っている。


 一方で、戦士と賢者。二人の英雄の力を両方継承した子共が世界に混乱をもたらすことになるのだが、それはまた別のお話。

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