彼女が死んだ

 彼女が死んだ。理由は明確に判明している。

『被害女性の住んでいるマンションの6階から5歳児が花瓶を落とし、運悪く彼女の頭に当たった。死因は脳挫傷による一撃で即死。』

 俺には分かる。マンションの6階という位置エネルギーを利用して、階下の人間を無差別に殺したのだ。俺の推理では紛れも無く凶悪な殺人犯だ。

……しかし世間の考えは違った。子供は罪に問われる事は無く、ベランダに花瓶を置いていた家族側の責任として、慰謝料等々の問題が処理されていった……


 俺は騙されない。

公園でのうのうと遊ぶ、子供の皮を被った殺人鬼を睨みながら決意を固める。

人が少なくなった夕暮れ。幸い周りには誰もいない。

果物ナイフを握り締め、砂場に近付く。

目の前の小さな悪魔は、無邪気さを振り撒いて砂のお城を作っている。


「お兄さん、だれ?」


 キラキラと光る笑顔で振り向き、楽しくて仕方がないという風に聞いてくる。

騙されるな、コイツは今回の事件で味を占めたはずだ。あと十数年、法に守られて過ごす。その間も被害者は次々増えるだろう。ここで俺が、トドメを刺さなきゃいけないんだ。


「ねぇ、だれ?」


 子供の落とす影が、まるで翼の様に伸びてくる。

暗い圧力が俺を包み込む。周りの景色が歪んだ。今や憎悪のみが俺を突き動かしていた。動け、進め、負けるな。


「誰?」


 光の無い目でコチラを見る。肉塊、醜いソレは、まるで子供が砂遊びをする様に、彼女の頭蓋からはみ出した脳髄を捏ねくり回す。

 返事がなかったからか、黒い塊はコチラに注意を向けるのをやめたらしい。一心不乱に手元の臓物を弄る。堪らず口を開いた。

「……楽しいか?」

「うん!とっても」

「許さないぞ」

「お兄さんも、一緒に遊ぼうよ」

「楽しいな」

「……」

「どうしたの」

「……」

「喋らない子はつまんない、嫌いだ」

「……」

 喋らせれば、世に真相を曝け出せたかも知れない。だが悪魔の声に耳を傾けるワケにはいかない。ヤツの力は凶悪なのだ。多くを語らせぬままに始末した方が良い。


 意外にあっさりとカタがついた。でも何かモヤモヤする。

そうだ、この場にコイツがいた証拠も消してしまおう。

 ナイフを突き立て、砂のお城を崩す。

中からは、車に轢かれたらしい子猫の死骸が……

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