第10話 オーヘルハウゼン村の二人

 車を東へ東へと走らせていくうちに、いよいよ三人が住むオーヘルハウゼンの村まで戻ってきた。

「よし、そろそろ屋敷まで着く。みんな、降りる準備をしておいてくれ」

 カールが助手席と後部座席にいる二人に呼びかける。荷物があるイルザはカバンの中身の確認をし、指輪の箱をその中に丁寧に入れる。

 一方、何も荷物を持っていないカスパールはそのまま窓の外を見ている。そんな時、彼は見覚えのある人物がほうきで低空飛行しているのを見た。車が徐々に減速していたためか、ある程度その姿を確認することができた。

 レベッカだ。彼女が箒で空を飛び、西の方へと向かっていたのだ。


「ねえ、ぼくここで降りていい? 今、レベッカがいたの」

 カスパールは父に問う。それに対して、カールはただ「……わかった」とだけ言い、そのまま車を止めた。

 カスパールはそのまま車を出て、言ってくるねと言ってから後方へと走っていく。レベッカの方も、なぜだか車の方へと箒を進ませていた。

「あ、やっぱりカスパールのおうちの車だ! あの板に書いてある数字で、すぐにわかったわ」

 レベッカの言う板とは、車の前方と後方についているナンバープレートのことだ。彼女はそれを指差し、カスパールにその存在を教える。

「へえ、気づかなかったよ」

 カスパールがそう言ってすぐ、車は再び進み出した。


「ねえ、カスパール。今から、一緒に西の森まで一緒に行かない?」

 カスパールらが車で抜けてきた広い森。村の子供達の遊び場にもなっており、レベッカもそこに向かおうとしていたのだ。

「うん!」カスパールは答える。

「じゃあ、朝みたいに後ろに乗って! あたしがほうきで送っていってあげるから」

 レベッカの勧めどおり、カスパールは箒の後ろに乗ってレベッカの肩に手を置く。。レベッカは彼が自分の後ろに乗ったことを確認すると、再び森へと進んでいった。


 西の森に入って少しすると、レベッカは箒を地上に下ろす。森は薄暗かったがある程度陽の光も入っており、あまり見通しが悪い場所ではなかった。

「ねえ、あの古井戸ふるいどのところまで、一緒に行こ?」

 レベッカは路肩ろかたに箒を置いてから、カスパールに提案する。

 カスパールは頷き、二人は共にその場所まで向かう。レベッカの言う古井戸までは、二人が箒から降りたところから歩いて一分ほどで到着した。

 二人は古井戸のある場所まで着くと、近くにあるなめらかな岩に腰掛ける。

「さっき、こうていに会ったんでしょ? どんな人だったの?」

「優しそうなおっきいおじちゃんだった」

 カスパールはレベッカに、ハインリヒ三世を見たときの素朴そぼくな感想をべる。

 ハインリヒはおじちゃんという年齢ではないが、疲れが顔に出ていたからかカスパールにはそのように見えたのだろう。


「あ、あとね、お姫様がお父さんたちがいたお部屋に来たんだ! でも……すごく怖かった」

 カスパールは続いて、ルイーズ姫について話す。

「え、怖いお姫様? あたしが絵本で見たのは、きれいなドレスを着て、ガラスの靴を履いて、おしとやかーって感じのお嬢様がお姫様だったんだけど」

 ルイーズは姫というのはかなり特異であったといえるだろう。レベッカの言うようなきれいなドレスではなく、民間にも流通しているような子供用のシャツとスカート、それに靴や靴下や小物類など。近代化によって大量生産された製品を、彼女は身につけていた。

「いや、ぼくが見たのはさ、なんかすっごいおっきい声で乱暴なこと言ってた……。僕と同じくらいの歳の子が、わんわん泣いてたもん、まるでモンスターだよ」

 ルイーズ姫の乱暴さは、カスパールにも印象づいている。エーリッヒやもうひとりの子供が泣いているのを、彼が見ているのも原因の一つと言えるだろう。

 カスパールの話を聞いたレベッカは、ええと驚いた様子だった。

「モンスターみたいって……。本当に怖いのね、そのお姫様って……」

 レベッカはカスパールのほうに向いていた顔を、前方に戻した。


「あ、モンスターと言えばさ」

 レベッカがそう言うと、今度はカスパールが首をレベッカのほうに向ける。

「昨日、あたしパパとママの話を聞いちゃったの。ここからあたしたちのいる村を過ぎて、三つ目の村の話なんだけどね……。たくさんのモンスターに襲われて、丸焼けになっちゃったんだって」

 レベッカの両親が話していた、モンスターの襲撃事件。この世界では対して珍しいことではないが。たいていは一、ニ匹による小規模な略奪りゃくだつで済むはずが、この話では複数のモンスターが村を焼き払うような損害を与えている。

 だが、レベッカはモンスターの襲撃で本来どれほどの被害になるのかがわからない。それ故に、あまり危機感を持たずにカスパールに話をしていた。

「村が……焼けちゃったの?」

 一方、カスパールはその話を聞いて嫌な予感を覚えていた。


 朝、目覚めるまで見ていた夢。

 何十匹もの怪物に村が荒らされ焼かれ、その後出てきた怪物に父と母が喰われる夢。

 そんな夢を見ていたカスパールは、次にこんな質問をした。

「ねえ、おっきなモンスターが出たりとかってしたのかな?」

 カスパールはレベッカの肩を指でちょんちょんと叩き、おびえたような様子で質問する。

「あ、パパがそんなこと言ってた。なんか、おっきい豚みたいな牛みたいな……って!」

 レベッカが怪物の姿について言うと、カスパールは突然彼女の手を引いて走り出す。レベッカは困惑して様子で、『え? え?』と言葉にならないような声を出していた。

 二人はすぐに箒を置いた場所まで戻る。

「レベッカ、すぐに村に戻ろう!」

 カスパールはレベッカの手を放し、代わりに路肩に置いてある箒を持ってレベッカに押し付ける。

 黄昏の平穏は、今終わりを迎えようとしてた。

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