魔法世界を変えるまで。〜廃れつつある魔法は魔物への復讐へと進む少年少女と共にある〜

れあるん

プロローグ 少年に悪夢あらわる

 目の前の光景は、まさに地獄。これ以上に相応ふさわしい言葉が見当たらないようなものであった。

 とある村がこの時、まさに滅びようとしていた。夕方の薄暗い空が家を焼く炎で明るくなり、あたりには生臭い匂いが立ち込める。

 村の中には気味の悪い体高一メートルほどの生物が三十体ほどおり、元々のどかだった村の家や畑を荒らし回っていた。

 六歳ほどの少年が一人、状況もわからないまま道を歩く。幸いにしてその周りには気味の悪い生物は一体もいなかったが、その恐ろしい行動を少年には理解ができていなかった。


「パパ、ママ、どこに行ったの?」

 石で舗装ほそうされた道路を歩いていると、一つ大きな屋敷が少年の視界に入る。そのまま歩き続けると、屋敷の方から一人の男が逃げるように外へ出てきた。

「パパ、パパ!」

 男は、歩いていた少年の父親だった。父親は声のする方を向いて我が子を見ると、慌てた様子で我が子がいる場所へと走っていく。

「お前、今までどこに行ってたんだ?」

 はあはあと息を切らしながら、父は子に問う。その声は小さく抑えられ、内緒話のような状態になっていた。

「ごめんなさい、一人でお散歩に行ってました」

「そうか……。だが、魔物にやられていないのならよかった。母さんは……ついさっき襲ってきた魔物に殺されてしまった」


 緊迫した表情で、父は衝撃の事実を子に告げた。

 だが、少年は死というものをよく理解できていない。魔物による残虐な行いというものを、頭の中で理解するだけの知識や経験を持っていないのだ。

「ころされた、って、どういうことなの?」

「……それを知るのは、お前にはまだ早い。それより、早く。お前を心配して、まだ逃げてなかったんだ」

 少年はうんと首を振った。


 この世界には魔法が存在する。ほうきや魔法のじゅうたんで空を飛ぶことができたり、火や水や風を生み出したり身体の傷を回復させることもできる。より上級の魔法使いは、地割れを起こしたり対象を石にするようなこともできてしまう。

「でもパパ、車は? 車はどうしたの?」

「魔物に壊されたんだ。だから、箒でルベリンまで逃げるしかない」

 父親は少年の手を引き、屋敷の方へと向かう。

 だがその時、恐怖の足音がこちらのほうへと向かってきた。

 ドシンという大きな足音が、屋敷のある方角からやってくる。蜃気楼しんきろうの奥からやってきたのは、一体の大きな化け物だった。


 化け物の大きさは十五メートルほどあり、頭にはツノが生え、牛と豚を合わせたような顔の口元には大きな牙がついていた。化け物の胴体や手足には大きな筋肉がつき、左手には巨大な棍棒を持っていた。

 二人はその姿を見ると、脇道に移動して伏せその姿を隠す。ただ、その程度で化け物をごまかすことなどできなかった。

「ブイイイイっ、キサマら、この俺に食われようってのかい」

 化け物は二人を見ると、威嚇するように言う。抵抗しても無駄だと悟った父親は身体を起こし、化け物と対峙した。

「私は食われても構わない。だが、この子を喰らおうと言うのなら私は死んでも立ち向かうつもりだ」

「ブイッ、面白いことを言うじゃないか。じゃあ、この左手に見えるものがなんだか分かるか?」

 化け物はそう言うと、父親の方へ左手を差し出す。その手に握られていたのは、彼の妻であり少年の母親である、一人の女性だった。


 胸から上は食われていたが、下に履いている長いスカートの柄から二人は自分の家族だとすぐに理解した。

「お前、イルザを食ったのか!」

 父は怒り、子はワアワアと泣き叫ぶ。二人は自身の家族を目の前の化け物に食われたと知り、気が動転していた。

 死というものをほとんど知らない少年にも、目の前にいる母の惨状は容易に理解できていた。

「ありゃ、キサマらの家族だったのか。うまいぞ、この女は」

 そう言ってから、化け物は残った半身を口に入れる。一噛みすると化け物の口から血が漏れ出し、骨が折られるパキパキという音が辺りにこだました。

 二度三度噛むと、化け物は半身を飲み込む。その光景に直面した二人は、すっかり身体が硬直し動かなくなってしまっていた。

「ブイイ、美味かったあ。さて、次はお前たちを食ってやろうか」

 そう言うと、化け物は二人の方に血に濡れた左手を伸ばしてきた。


「か……る」


「か…パール」


「……カスパール。おい、カスパール。今何時だと思ってるんだ」

 突然、恐怖の光景の中にノイズのような声が聞こえてくる。

 少年カスパール・リヒテンベルグの視界からは先程までの残酷な光景が消え、代わりに布団の温かい感触とともに父の顔が浮かび上がってきた。

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