終幕 独りよがりのカーテンコール

動画を見た人々は口々に言葉を話す。コソコソと。ただ淡々と。私とは関係ない。どうせCG。生きてるんでしょ?だとか。


でも彼らは知っている。イカロスのように空に身を任せた、蝋で出来た彼を。

友人、同僚、親族、そして他人。

いや、正しくは違う。

友人だった人。同僚だった人。縁を切った赤の他人と大勢の観客くらいだろう。


彼が鬱で仕事を辞めたあと彼を知るものはもう前の彼とは思えない。人とは一面だけで判断することはできない。それこそが愚かな事だ。彼を見限った会社。その会社は数年後潰れることになる。彼が悪評を触れ周り自身の鬱症状を利用してまで会社の運営方法が悪意的だと喧伝して回ったからだ。別にその会社が特別悪かったわけではない。普通だ。なんの変哲もない、ただ席替えという文化のある普通の会社。でも、彼がストレスを感じるのには充分足りた。彼は平穏が好きだった。日々変化し続けていくこの世の中をそもそも好意的に感じていないのだ。


莫大な金額を裁判で得た彼は狂気的に趣味にそれを注ぎ込む。自身が管理できる箱庭。 イレギュラーが発生しない毛糸の世界。

でも物寂しい。結局そこには自分一人。

そこで彼は友達を呼んだ。別にいいやつ。

人の真似がうまくてなんでも出来るオールマイティなやつ。友達は軽蔑するだろう。大人になって、鬱と聞いたのになんなんだこれは。と。そうして彼が激昂するのは想像がつく。


仕事にも裏切られ続け、遂には友にも連絡するなと言われる始末。せめて自分を育ててくれた親元にでも行こうと地下鉄に乗り込む。雨で自転車に乗れないから仕方なく地下鉄。

そこではキラキラとした88個の星座が浮かんでいた。これからすること、したいこと、夢、希望、未来。日曜日の昼間なんかは若々しい人しかいない。彼らが持ち合わせているのはポケットいっぱいの星くずだろう。

八つ当たりするかの如く騒ぎ立てる。

そのせいで地下鉄を利用することは叶わなくなり、親にも縁を切るとまで言われた。


自分の信じていたものから手が離れていく。

いやそうじゃないのかもしれない。そもそも私はなんの仕事をしていたんだ。


研究職…?そんなやつが壁の薄いアパートに住んでいるものだろうか。平穏を望む彼ならばより良いところに。移動手段が全て故障するなんてことはないはずだ。タクシーでも使えばいいじゃないか。否。否。否。



そこに気付くのは胸が冷ややかに青に染まり切ったとき。そもそも私は無職になったんだ。裁判なんて物は起こしてすらいないし、私は親からの仕送りで暮らしていたはずだ。

それでも私は確かに鬱と診断されて仕事を辞めた。いやそれすらも怪しいのか。何が真実で何が虚構なのか。入り混じっていく。混ざり合う。溶け合う。わからないもうわからない。でも簡単な話だ。絵の具でもそうだろ。混ぜてしまってもより強い色を注げば全て消える。きっと私はそうしたんだ。全てを暗闇で満たした。だから。だから…


何も見えないフリをしたんだ。

せめて自らを殺すような真似だけはしないように、穏やかな一日を守る為に全てに蓋をした。ぜんぶぜんぶ自分は悪くない。そう信じ込んだ。


私は頭が固い。そう決め込んだら融通は通さない。

→だから固定観念に囚われたのか。


存在が消滅することで鮮やかに終末となる。→私の中だけでも消え去ればはなまるだ。


正論が全て正しいということではない。

→ならば私の行いも正しい筈だ。


現状はそれだけが真実だ。

→あぁ。そうだ。私が行うこと。それが


真実ダ。


脳に勝手に入ってくる型仮名。私が作ったとされるロボット。全ては私の勝手な妄想だ。

幼少期に見たアニメ。私は子供みたいにそれに引っ張られているだけだ。大人の私が壊れないように。少しでも前を向けさせないように。


相手を自由自在に爆発できるロボット?そんなものがあるわけないだろう。


社会不適合者の私がそもそもロボット?作れるはずがない。


私だって気付いていたさ。妙に文末が型にはまっていること。言ってくること全てが私に合っていること。そして。台詞。ボタンを押したらすぐ消える。平穏を求めるのであればわざわざ必要もない。かつもっと言うのなら爆発すら必要ない。ただ静かに消える。それでいいはずだろう。恐らくロボットは私が作りだしたもう一人の私。パレットからはみ出した持ち合わせていた理性さ。


自分の言葉にすらカタカナを入れる癖。下手な厨二病だよ。私は。そしてこの口調もだ。





俺はもうダメなんだよ。誤っているのは世界か?俺なのか?それすらもわからない。常識っていうのは社会で簡単にひっくり返る。

俺が悪かったってのもそうだ。ちゃんと人のことを慮ることをもっとできたら。

もっと自分を曲げられたら。

そうすれば同僚も俺の言うことを分かってくれたかもしれない。みんなに縁を切られることもなかっただろう。

でも。でも、俺はどうしようもない人間なんだ。人に励まされるのが好きだ。人を罵ることが好きだ。でもそんな感情持っちゃいけない。二律背反。ダブルスタンダード。

そんな気取った言葉だけが脳裏に浮かぶ。


善行を行った記憶もない。糸で救われる覚えもなく、ただ辺獄にて自らの行為を悔いる。それが俺の末路だろう。


人として合わなかった。もっと良い対応をしてくれたら。そんな個人的なエゴ。他人を認めてあげることすらままならない小さな小さな器。そんなものだから、すぐに溢れ出してこんな風に濡れて使い物にならなくなる。


動画だって、広がった?冗談言うなよ。

所詮数件の視聴。簡単な錯視を利用したトリックアートだよ。そんなんだからbanすらされずにただ消えていく。俺を認知してくれ。誰か認めてくれ。そんな哀れな感情。憐憫の眼差しはただ不幸を感じさせるのみだ。



口は災いのもと。目は口ほどにものをいう。ならば目と口が災いのもとなのだ。だが何故目だけが災いのもとにならればならない。

耳だって、腕だって、足だってそうだ。何が違う。所詮人間の部位としてそれぞれの機能を持ち合わせているだけではないか。同一の細胞から生まれ出でているのであれば人間こそ災いではないのか。


そんな無為なことを考えながら今日もベッドで眠りにつく。俺がここを出られるのはいつになるんだろうか。みんなも見舞いに来てくれるのはいつになるのか。自分がやった愚かな行為をわざわざまとめた愚かな馬鹿野郎に感謝しながら振り返る。そこに居るのは、

怪物でもない、声の小さな、物事に気づくのが遅い、辿り着いた結果が悪かった、ただの男性だ。自らを消すのはあまりにも愚かが極まる。でも自分が動画で言っていることには消えて欲しい対象はまさに俺だ。


だからどうか。醜いわたしよ。消えてクレ。

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