第3話 節穴の目はもはや目ではない
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。哲学者ニーチェの言葉だ。単純に厨二病という話ではなく、相手の様子を伺っているときこちら側もまた相手に探られている、無意識下に影響を受けているといったような解釈がされているもの。人の振りみて我が振り直せと意義が似ていると感じるのは私だけだろうか。
私は小さい頃から人と話す時は目を見て話せと教えられてきて、それを大人になった今でも続けている。だから私が目を合わせてる時同時に相手方も私の目を見る。心が通じ合う。といっても私はよく愛想笑いを挟む為、定期的に目が逸れる。その瞬間が一番心にくる物がある。私が笑っているタイミング。相手も笑っているのだろうか。それとも会話が弾まずにため息をついているのだろうかとついついネガティヴな方向に思案してしまう。
はっきり言おう。私は人と面と向かって話すのが苦手だ。よくある、通話上は饒舌でいざリアルで会ってみると内弁慶みたいなオタクくんと言っても過言ではない。
「こんなロボットを作る程ですカラネ。」
流石にその発言にはキレそうになる。思わず手を机に叩きつけた。
「ほら、そのような事をするから周りに人がいなくなるのデスヨ。」
このように全て正論が人にとって正しいことを言うのが誤っているとわかった上で今日のことだ。
私の職場には妙に子供っぽいシステムがある。私たちの研究がインターネット上でしているということもあるとは思うのだが、
三ヶ月に一度ほど、なぜかリフレッシュチェアとかいう無駄にカッコつけた仕様がある。要するに席替えだ。このシステムのせいで一喜一憂する女性研究者や、横に上司が来て日々ガクブルしながら研究を進める能率の悪いことをしているのだが私は窓際族とか言われなくて済んでいてそこそこ嬉しかったりもする。
話を戻そう。そのリフレッシュ…いや席替えで生まれる弊害だ。仕事をするとき、最も大事なこととは、私にとっては平穏であることだと思っている。焦っていたりすれば当然ミスも増える恐れがあるしな。今回の席替えの結果、私は全く人の空気を読むことをしない自らを突き通すような我の強い奴が来てしまったのだ。正直よくこいつはクビにならないなと言うような評判のそいつだが、とにかく空気が読めない。上司がハゲを気にしてる時に限ってふざけてウィッグをつけて女装をしたりとか、他人が頑張って残業してる際にわざわざ職場に残って居眠りしたりと人のことを怒らせることしかしないのだ。確かに彼自身の魅力としてはその元気さが売りなんだろう。ただいかんせん周りからは敬遠されている。当然といえば当然だが。
「ウィットに富んでいて面白いお方デスネ。」
違う、お前は席が隣になったことがないからわからないのだ。自分が困ったら言い訳したり人に急に聞き出したりと、とにかく忙しないやつなんだよ。でも自分のことになったらマイペースとかな。よく居るやつ。
「でもあなたより間違いなく人から人気がありそうですヨネ。」
はぁ!?今の話聞いてたかお前は!社会人としてどうなんだと胸ぐら掴んで問い詰めたいくらいなんだがな。
「だって、先ほどのその方のエピソードトークも博士が悪く言ってるからそう聞こえるのであって、普通に聞いたらオモシロ話ですケドネ。」
私は決意した。こいつは後で壊す。
それでそいつなんだが、私が感じることで最も人として情けないと思うところ。それは治さないんだ。いやもしかしたら彼特有のこだわりがあって治せないのかもしれない。
自身が悪いと思ったことでもすぐさま身代わり。身を翻して先程まで上司に叱られていたことを忘れて同僚らとわいわい歓談し始める。そんなことがあってもいいのか!?
「やっぱりその人のこと羨ましいんジャ?」
もう黙っとけって!そいつは舌禍メカみたいに人の心なんぞお構いなし。上司はわざわざ怒った甲斐なし。なんて悲しいことなんだろうか。心身に訴えかけるその怒号は、関係のない私を少しビビらせるほどフロアに響かせていたのに。彼は周りが見えていないのだ。だから目を合わせて話していてもまるで彼が見えてこない。何を伝えたいのか、何を汲み取って欲しいのか、何を私に求めているのか。何にもわからない。これは私の共感力抜きにして考えてくれたまえ。
だからもういいかっと。
あまり関わり合いのなくなった友人を消した。
全く知らない高校生らを消した。
そうして今は同僚を消そうとしている。
まるで最初から居なかったみたいに消え去る。それは綺麗に消されたようになくなる。
この消滅に関わる修正力はどこに働くのだろうか。このズレが生んでしまうものとはなんなのか。でも今は。知らない。見えない。
舌禍メカ。消しちゃえ。
「はい。かしこまりマシタ。
口は災いのモト。目は口ほどに物をイウ。
災いを転じて福となせぬのナラバ。
いっそ消えてしまいマショウ。
幸災喪苦言」
今朝、机がひとつ減っていた。でも気にしない。それは副次的なモノとして消失したのだ。こうして私の平穏は再び産声を上げて戻ってきたのだ。それだけをただ祝おう。
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