リューココリーネ
柳葉魚
12月22日
12月22日、曇り。
俺は寂れたアーケードをくぐり抜けて商店街を歩いていた。不気味なまでに人がいないけど、これが日常。自分の足音がうるさいな、なんて思いながら錆びたシャッターばかりの通りを進んでいく。俺の目当てはあの店だけにあるから、他の店がいつ閉まったかは正直覚えていない。
商店街の中央、かつて文具店があった場所の隣に「彼女」の店はある。
寂れた空虚な空間の中で目を引くほど鮮やかな花達と甘ったるく感じてしまうほどの匂い。その中に彼女はいた。
「あ、樹くん!今日も来てくれたんだね。こんにちは!」
「あぁ、こんにちは。透花さん」
一つくくりの髪を揺らしながら天真爛漫に挨拶してくれたこの女性。彼女は、この花屋の店主である透花さん。俺がこの寂れた商店街に毎日来ているのは彼女に会うため。毎日、1本だけ彼女の花を買いに来ているのだ。彼女に会いに来る建前と言ってしまえばそれまでだが。まぁ、多分向こうは俺のことを変な常連客くらいにしか思っていないんだろうけど。
「今日は何の花がいい?」
「んー…。おすすめは?」
「もう、君ってばいつも私のおすすめばっかり選んでるよ。たまには自分で選んでよね」
「あはは…ごめんごめん」
「まぁいっか、そろそろクリスマスだからね。これなんかどう?」
透花さんが取り出したのはピンクに近い紫色の花。花弁の縁が一段と濃い紫色になっている。優雅だけど小さくて可愛らしい。
「これ、なんて花?」
「クリスマスローズ、花言葉は追憶」
クリスマスローズって言うのか。見た目はそんなにクリスマスっぽくないな…。
「ちょっとセンチメンタルな花言葉だよね」
「そうだな。でもこの花すごく綺麗だ。よし、今日はこれにする」
「うん、分かった。いつもありがとうね」
にこっと音がしそうな満面の笑みを向けられる。あんたの笑顔が見られるなら無料のようなものだよ、なんて言えるほどキザな奴では無い俺は黙って花を受け取った。ふふっと笑い、透花さんは仕事に戻ろうとした。だが、途中で動きを止めて俺の方をじっと見た。
「…それはそうと、最近気になるんだよね」
いつになく不思議そうな顔をしている。
「どうしたんだ?」
「最近、商店街からめっきり人が減っちゃった気がするの。前から寂れてはいたけど…、あんなに静かじゃなかった気がして」
どうしたんだろう?と首をこてんと傾ける。
「さぁ、何でだろうな。知らない」
俺はあくまで淡々と返事をした。
「そっか…、じゃあいっか。引き留めてごめんね、また明日」
「うん、また明日」
貰ったクリスマスローズの匂いが、鼻の奥を刺激した。正直いい匂いとは言えない。
そんなことを思いながら俺は店を後にした。
彼女はこの世界について何も知らない。
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