100回ダメでも101回目に異世界内定もらいました
ドンカラス
第1話 FF外から失礼します
アスファルト舗装の歩道をとぼとぼ歩いている女性が1人。公園を真ん中で区切って開通された道は、等間隔に設置された街灯が照らしている。電車帰りの、いつもの帰り道。
その日は就職活動で何社か面接をした後の帰り道だった。予定されていた面接が終わると最寄り駅のカフェに寄った。面接の対応を振り返り、ノートにびっしりと書き込んでいく。気がつくと23時を超えていた。
あわてて帰路についたが、そんな時間に公園をうろつく人はおらず、周囲に人影はない。
スマートフォンが震えた。手の中で振動が走る。皮と肉には物理的な痒みを引き起こし、血液は一脈うねり、止まった…ように思えた。パブロフの犬同様、通知が来ると心拍数が上がる条件付けを身につけていた。足を止めて1拍息を吐く。2週間ほど前に最終面接まで進んだ企業からのメールだった。
「この度は~不採用となります」
100社目の不採用メール。からだが重く感じる。大気は冬の装いであったが、どうだろう、ましに思える寒さだ。氷点下すれすれの気温に違いはない。とすれば、感覚が鈍くなっているほかない。
「う~ん、こんな時間にメールを寄こすんだから、きっと残業まみれで、入れなかった方が幸せだったのよ、きっとそう」
実態の分からないことを口に出して、悪態をつく。採用通知だったら泣いて喜んだであろうことを、めぐみは理解していた。適当な理由をつけて自分で納得し、気持ちだけは前を向きたい。それが彼女なりの気持ちを整理する術だった。
「カエルの卵みたい…星空ってこんなに気持ち悪かったかしら」
抑揚のない声で呟き、その目は大宇宙の広がりを見つめながら、過去の映像を再生していた。
「う~ん、7かな」
「7が好きなの?」
「うん、ラッキーセブンだから」
「ひねりがないねぇ。それに、もしかして願掛けとかするタイプ?受験にキットカット持っていく予定は?」
「ないよ」
そんな制服時代を思い出していた。中学生のころ、お昼休みの体育館でめぐみは友達とおしゃべりをしていた。少し離れたところで、仲の良い男女が集まっていた。その集団から聞こえてきたのは1~9の数字から好きな数を選び、性格を占う、という当時の年齢からしても幼稚に思えるものだ。
誰も信じていやしない。彼、彼女らもそうだと思いながら、耳のアンテナは占いに向いていた。直感的に2を選んでいた。仲良しグループの女の子が1から結果を発表していく。2を選んだ人は偏屈、他と違うものを好む、ようである。友達も話を聞いていたらしく、数字を要求してきた。少し考えて、7と返答した。
めぐみは現在21歳で、数時間もすればゾロ目になる。彼女は2という数字がいつの間にか好きになっていた。素数だからとか、乗除が簡単だ、などといった理由ではない。2にまつわるエピソードとして思い出せるのはこの中学生時代の1件のみである。けれども、いつの間にか好み、気にするようになった。
友達の質問になぜ2と答えなかったのか、分かっている。自分が定義されるのは嫌だった。自分を定義するのは、もっと嫌だった。そんな性格に、2はお似合いだと彼女も納得していた。
満天の天蓋を長い間見つめていた。首に疲労がたまり、視界はぼやけていく。星が1つだけならどれだけ楽だったかとめぐみは思う。目立つものが多すぎる場合、見る側は気付かぬまま、あちらこちらと注意を払う。
注意力というのは資源であり、有限である。受け身のまま光に晒されてはすぐに底をつく。観察の対象は絞るべきだと考えているが、それが実行できずにいる。
眺めがどんどんぼやけていく。めぐみは意識が曖昧になっていく感覚を楽しんでいた。暗く、深い空に吸い込まれていく。星がゆれている。強力な重力に引かれるように、世界が引き延ばされていく。地面が抜け落ちる感覚を最後に、彼女は正気を取り戻した。よろめきながら後ずさりをし、目頭を強く押さえる。
当てた指先は肘から震えている。目を閉じながら、自分の状態を確かめる。はじめは貧血を疑った。すぐに間違いであると気付く。では疲労困憊かと考えをめぐらす。就活難が響いたのだろうと結論を出して、脳を落ち着かせる。
呼吸は正常。肺の収縮に違和感。俯いているせいで空気の出入りが乏しい。身体の環境を次々と把握していく。大きく息を吸い込み、吐きながら目を開けると、黒いリクルートスカートに、黒のパンプスが映る。背景はアスファルト舗装の歩道。ではなく、銀河が広がっていた。
どこからともなく女性の声が聞こえる。ゆったりとした、包容力を感じさせる優しい響きで語りかけてくる。
『FF外から失礼します。突然のDMで申し訳ございません』
「なに?!なにこれ!!」
めぐみは広大な世界で1人、ドタバタ走り回り、喚き散らした。
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